ファッション豆知識

ボディス(2)

豆知識 ボディス

前回は、「食欲の秋」「祭りの秋」ということで、オクトーバーフェストのディアンドルからテーマのボディスのお話に入りましたが、秋は「芸術の秋」でもありますね。

オペラやバレエなどの劇場公演は、秋が新シーズンの始まりです。
バレエ衣装の「チュチュ(Tutu)」も、前回ご紹介したディアンドルと同様、女性としては憧れの衣装ですよね。
チュチュは一見ワンピース型に見えますが、実は上部のボディスとその下のスカートに分かれた構造になっています。

チュチュのボディスは、身体にフィットしながらも動きやすいように、6枚ないし15枚の生地のパネルを用いて作られています。ボーンなどで補強されたものもあります。また、裁断の仕方や使用する生地の織りなどで伸縮性をもたせるなど、制作には専門的な技術と手間が必要な衣装です。

オペラ衣装のドレスも、そのボディスに注目すると、その時代の流行なども見えてきて面白いですよ。
さて、ボディスは時代によって、どんなものがあるのでしょうか。ちょっと歴史をたどってみましょう。

豆知識 ボディス

ボディスの歴史を調べると、古くは紀元前2000〜1400年頃、クレタ島を中心に栄えた古代ギリシャの最古の文明といわれるミノア文明(ミノス文明・クレタ文明)のフレスコ画に、胸を強調するようなボディスのようなものを着ている女性の姿が描かれているそうですが、この文明以降の古代ギリシャの衣服は、皆さんの知っているような一枚布を巻いたシンプルなものになっていき、ボディスのようなものは見られません。

14世紀頃に、縫製技術が進化したこともあり、体にピッタリした肌の露出の多い衣服が男女ともに流行ります。
元はイタリアの騎士が着用していた、タイトなチュニック風の衣服から派生した「コタルディ(Cotardie)」、または「カートル(Kirtle)」と呼ばれる衣服で、男性のものは腰を覆う程度の長さでしたが、女性のものはドレスになっており、上半身はピッタリして体のラインがはっきりと出ていて、下半身は大きく広がるスカートというデザインが人気でした。
「体のラインを出す」「肌の露出が多い」ということは、やはり当時の聖職者や保守的な人たちからは大不評だったようですが、そういうセクシーなファッションはいつの時代も、抵抗があればあるほど着たくなったりするものです。

豆知識 ボディス

15世紀後半、貴族女性の間で、ピッタリとした袖無しの腰丈の毛皮の胴衣が部屋着として流行しました。この毛皮のベストのようなものが、現在のボディスの原型であると言われています。

16世紀には、女性のドレスの上半身が「ボディス」として独立し、スカートをボディスの内側の留め具から吊るして身につけるようになります。
袖もボディスとは別になっていて、ひもなどでボディスにつなげられていました。

そのため、上部のボディスと袖と下部のスカートの組み合わせで、まるで違うドレスのようにコーディネートできたのです。
例えば、昼間はスカートにハイネックの清楚なボディスを合わせ、夜のパーティーには同じスカートに別の華やかな胸元の開いたボディスを合わせるなど、1日の中でもコーディネートをTOPに合わせてガラリと変えることができます。
また、豪華絢爛なバロック時代には、あのラフ(「えり<襟・衿・領>(3)参照」)やその他宝石などのアクセサリーがボディスに付けられました。
当時の洗濯状況を考えると、汚れのつきやすいスカートや袖を取り外して、個別で洗えるのは大変便利だったと思われます。

17世紀後半になると、ボディスにベント(葦の一種)や鯨の骨などの芯を入れて、コルセットと融合したものが登場しました。そのため、「ボディス」という言葉はコルセットと混同して使われていたようです(「ボディス(1)」参照)が、やがてそれらは、「ステイズ(Stays:英語)」または「コール・ピケ(Corps pique:仏語)」という別名を持つようになりました。

豆知識 ボディス

もともとボディスの前方は閉じていましたが、やがて女性らしいボディラインを強調するように、V字型に開いていきました。
そのV字内を覆うように内側から「ピエス・デストマ(Pièce d’estomac):仏語」という別のパーツが取り付けられるようになりました。「pièce」は英語の「piece」と同じで「部分」、「estomac」は「胃」という意味で、英語で「ストマッカー/スタマッカー(Stomacher)」とも呼ばれます。胃のあたりにあるパーツということで、わかりやすい名前ですね。

ピエス・デストマは、フランス王妃マリー・アントワネット(Marie Antoinette ,1755–1793)の時代に流行した「ローブ・ア・ラ・フランセーズ(Robe à la Française)」と呼ばれるロココ調ドレスなどによく見られますが、リボンや花をたくさんあしらったものなどもあり、このパーツひとつで胸元が華やかになります。
ボディスと袖とスカートに、このピエス・デストマが加わり、さらにその組み合わせのコーディネートの幅が広がりました。

その後続く帝政時代のフランスで、ギリシャ・ローマへの憧れから「エンパイア・スタイル(Empire style)」と呼ばれる古典古代のスタイルが流行し、短いパフ・スリーブが復活したと「ランタン・スリーブ 他(3)」でも書きましたが、この時代はスカートの幅が狭く、ゆったりとしたシンプルなワンピース型のドレスが人気となり、一時期ボディスは影をひそめます。

豆知識 ボディス

再びボディスとスカートが分かれたドレスが復活したのは、19世紀に入ってからでした。

19世紀後半のイギリスのヴィクトリア朝や20世紀初頭のヨーロッパでは、ボディスはスカート部分と一体として着用することを意図して、共布またはコーディネートされた生地で作られることが多かったようです。

「新・田中千代服飾事典」にも記述されているように、ボディスを含んだ全体のコーディネートの調和だけでなく、シルエットの美しさも重要なポイントです。ボディスは体型補正の役割も担うため、その制作には高い技術が必要とされました。

19世紀、ドレスのボディスは「コサージュ(Corsage)」とも呼ばれていたそうです。
また、洋服制作においては、ボディスは「ウエスト(Waist)」と呼ぶこともあり、シャツの身頃の「シャツ・ウエスト(Shirt waist)」と区別して「ドレス・ウエスト(Dress waist)」とも呼ばれるそうです。 「Bodice」という表記は19世紀後半あたりから見られ、それ以前の資料では「body」と表記されていたようです。

ボディス【Bodice】

さらにボディスは袖やカラーをつける土台となるものであるから、これらのものとのバランスを考慮し、正しく裁断、制作をすべきものである。またボディスの役目は胴体を包むことであるが、同時に美的感覚や流行の型を表現したりもする。素材、体型などの条件の違いにより、ゆるみを多くとったり、丈を長めにしたり、またドレープやタックをとってその型を異にしたりする。スカート、袖、カラーなどはこうしたさまざまの形のボディスにそれぞれよく調和するものでなければならない。もし美しい胴体であるならば、それを表現する自然なボディスがよいが、胸がふくよかでないとか、ごつごつしているとかの欠点があるときはそれを隠し、美しくみせるボディスを考えるべきである。したがっていろいろなカムフラージュがほどこされ、様々のデザインが生まれるのである。

豆知識 ボディス

初期のボディスは、一続きのひも(レース)でらせん状に編まれていたため、ひとりで着用するのはなかなか難しいアイテムでした。
その後、現代のスニーカーのように向かい合わせのアイレット(ひも用の穴)にひも(レース)を通す形になり、ひとりでも着用できるようになります。そして20世紀には、そのひもがゴムやホックになり、ますます改良が加えられ、着脱しやすくなっていきました。

胴にピッタリ着用するボディスの着心地も、パッドを入れたり様ざまな技術が使われ改良されていきました。
ちなみに、妊娠中の女性用の「ジャンプ(Jump)」と呼ばれる調節可能なタイプのボディスもあるそうですよ。

豆知識 ボディス

19世紀頃、ボディスは、多くのヨーロッパ諸国の伝統的な民族衣装(復活したものも含む)に取り入れられました。
ボディス(1)」でご紹介したドイツ・オーストリアのディアンドル(Dirndl)やスコットランドの民族舞踏時の女性の衣装アボイン・ドレス(Aboyne dress)のように、現代まで残っているものも多くあります。
これらは、オクトーバーフェスト(Oktoberfest)やルネサンス・フェア(Renaissance Faire)など、古いヨーロッパの風習を楽しむイベントなどで、今でも見ることができます。

みなさんは、結婚式のウェディング・ドレスで見ることも多いかもしれませんね。
ボリュームのあるスカートが大きく広がる「Aライン」「プリンセスライン」のドレスが依然人気ですが、大きく広がるスカートに対して、コンパクトでほっそりしたボディスを合わせることにより、女性らしいボディラインを強調した魅力的なシルエットになります。

豆知識 ボディス

最近は、ホルターネックタイプのものなど、新しいデザインのボディスも登場しているようです。クラシカルなアイテムを現代風にアレンジする温故知新的な発想は、とてもワクワクします。

また、カジュアルなジーンズの上にエレガントなボディスを着たり、普通のボタンダウンシャツの上に合わせたり、ボディスを使った斬新なコーディネートも楽しそう。

肌寒い季節、ピッタリしたボディスは、お腹周りを冷やさない防寒着にもなるかも?!
これから、ますます寒さが厳しくなります。お腹の冷えは万病の元。みなさん、風邪などに気をつけてお過ごしくださいね。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

写真はイメ―ジです。