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ファッション豆知識

ネクタイ(6)

豆知識 ネクタイ

7月。すっかり季節は夏になりましたが、まだまだネクタイのお話は続きます☺️

前回は、フランスの「ダンディ(伊達男)」と呼ばれたドルセー伯爵のお話から、イギリスで生まれた「ダンディズム」が、フランスでは革命的価値観と結びき、イギリスとは少し異なる形で発展したというお話をしました。

そのため、フランスのダンディズムは、19世紀のフランス文学にも大きな影響を与えました。
日本でもよく知られるフランスの文豪バルザック(Honoré de Balzac, 1799-1850)は、『Traité de la Vie Élégante(優雅な生活についての概論)』などでダンディズムやダンディについての見解を多く語っています。
余談ですが、このバルザック、かかりつけのテーラーに、作品の中で名前を出して宣伝をする代わりに、仕立て代を支払わなかったとか。商売上手ですね😅
その他、詩集『Les Fleurs du mal(悪の華)』で有名なボードレール(Charles-Pierre Baudelaire, 1821-1867)や、そのボードレールが愛読していたというデカダン派の文豪、ドールヴィイ(Jules Barbey d’Aurevilly, 1808–1889年)など、多くの著述家がダンディズムについて著しています。

彼らは実生活でも彼らなりのダンディズムを体現しようと、それぞれ個性あるクラヴァットをしています。例えば、ドールヴィイの肖像画を見ると、白いレース製のものや赤いクラヴァットに目が留まります。ボードレールの写真を見ると、その多くは襟元で黒いクラヴァットが大きく蝶結びされています。

こちらの肖像画は『Le Comte de Monte-Cristo(モンテ・クリスト伯)』などを著した文豪アレクサンドル・デュマ(Alexandre Dumas, 1802-1870)のものですが、彼も黒いクラヴァットを愛用していたようです。
当時のフランスで上品だと考えられていたのは白いクラヴァットですから、この時代の文豪たちが黒いクラヴァットを着用していた、というのは、何か意味がありそうですね。後ほどその辺も解説したいと思います。

豆知識 ネクタイ

19世紀のイギリスやフランスでは、クラヴァットをすることは紳士の最低限の身だしなみと考えられていて、とりわけ彼らの関心を引く対象であったため、19世紀初期には、イギリスやフランスを中心に、クラヴァットやネッククロスに関する本が多く出版されました。

イギリスでは、ヴィクトリア朝の人気風刺画家ジョージ・クルックシャンク(George Cruikshank, 1792-1878)の『Neckclothitania(ネッククロスィターニア)』が1818年に出版されるなど、結び方の解説書が多く出されました。この頃イギリスではクラヴァットを「tie(タイ)」と呼ぶようになっていたようで、この本は『Tietania(タイターニア)』とも呼ばれています。

先述のフランスのバルザックは、クラヴァットに関しても多くの言葉を残していますが、そのバルザックが「le Bon Émile de l’Empesé(糊付けした、あるいは堅苦しいエミール男爵)」なる偽名で書いたと言われている『L’art de mettre sa cravate de toutes les manières connues et usitées(クラヴァットの結び方大全)』が、翌年の1828年には英語版『The Art of Tying the Cravate(クラヴァットの結び方の技術)』として出版されていることから、いかにこの時代、クラヴァットの結び方の本が熱望されていたかがうかがわれます。

ダンディズム論で有名な20-21世紀の論客ロジェ・ケンプ(Roger Kempf, 1927–2014)によれば、1830年代にはすでに72種類もの結び方が考案されていたそうです。

豆知識 ネクタイ

七月革命(1830年)以降のフランスでは、ダンディズムが革命的価値観と結びついて平民たちの間でも広まり、階級間の服装の平準化が進み、皆一様の上下真っ黒の「からす男」ファッションが流行り、唯一個性を表現できるのがクラヴァットだった、と前回お話ししましたが、クラヴァットは単なる装飾品にとどまらず、その結び方を見るだけで、その人の社会的地位、育ち、教養や政治的意見までひと目で分かると言われていたようです。
例えば複雑な結び方は、それを結ぶことのできる時間的な余裕や忍耐力を表すため、上流階級同士の相互確認の暗号として機能していたとか。

ただし、19世紀後半は、平民の間でクラヴァットが普及していったことなどから、複雑な結び方よりも、簡単でありながらおしゃれな結び方が多く考案されました。

そして、クラヴァット=タイ(ネクタイ)の発展を語る際に避けられないのは、シャツの発展です。

19世紀中頃に、それまでの「立襟」から変化して「折り襟」が登場します。
初めは狩猟用コートのとして流行りましたが、一般人が着用する衣服としてのシャツが簡素化されるとともに、シャツのにも取り入れられ、現在のドレスシャツの原型が形作られました。(「えり(4)」参照)

シャツがシンプルになると、より襟元のおしゃれは注目されるため、この時期はもっとも多種多様なが登場しましたが、その多種多様なに合わせてクラヴァット=タイ(ネクタイ)のヴァリエーションも増えていくのは、必至でした。

1870年代から80年代にかけてシャツのが小型になり、上着やベストの襟空きが小さくなったために、クラヴァット=タイ(ネクタイ)の結び目も急激に小型化して、現在のネクタイとほぼ同じような結び下げの形が登場しました。19世紀後半に登場したこれらのネクタイについては、次回詳しくお話ししたいと思います。

クラヴァット=タイ(ネクタイ)の結び目が小さくなればなるほど、その視覚的な効果を強めるために、や柄のヴァリエーションも一気に増えます。 そのため、染色の容易な絹が、ネクタイの基本的な素材になったそうです。

豆知識 ネクタイ

ここでちょっと、ネクタイの「」について、少し遡ってお話ししたいと思います。

18世紀のクラヴァットやストックはほとんど白か黒でしたが、現在のドレスコードである「ホワイト・タイ」「ブラック・タイ」(「礼服」参照)というのは、この時代のコーディネートの名残なんだとか。特にフランスでは、白のクラヴァットが一番上品で洗練されたものと考えられていたようで、その考えが「燕尾服にホワイト・タイ」という現代の正礼装のコーディネートに引き継がれています。

クラヴァットが紳士の定番スタイルとして一般化したと言われている18世紀末頃のイギリスでは、上流階級の男性の間ではカラフルなクラヴァットが人気だったようです。

豆知識 ネクタイ

クラヴァット=タイ(ネクタイ)のも、単におしゃれとか目立つという装飾的な目的だけでなく、「意思表示の手段」として用いられてきた歴史があります。

フランスでは18世紀末に反革命派が「緑」のクラヴァットを身に着けたと言われている他、19世紀初めには政府への抗議の意味で、「黒」のクラヴァットを身に着けた人びとがいたそうです。

先述のデュマは、ナポレオンやブルボン王朝を批判し、二月革命やガリヴァルディのイタリア統一運動でも暗躍した、と言われているので、「黒」のクラヴァットを身につけていた、というのは、そんな反骨精神の表れだったかもしれませんね。

豆知識 ネクタイ

現代でも、面接など誠実さをアピールしたい時は「青」などの控えめで落ち着いたを着用し、選挙など強く自分をアピールしたい時は「赤」を、協調性をアピールしたい時は「黄色」を着用すると良い、などと、シチュエーションによって有効なを選ぶというアドバイスはよく見かけられます。

また、青は日本人が好み、赤はアメリカ人、イタリア人やフランス人は茶色を好んで着用する、という説もあるそうです。

最近ですと、アメリカのトランプ元大統領の「赤いネクタイ」が有名ですね。彼にとってのトレード・マークとなっていますが、確かに強くアピールしているように思います。
が与える心理的、生理的な作用や効果については、「色(1)」も参照くださいね。

次回は、19世紀半ばから続々登場したネクタイたちをご紹介したいと思います。お楽しみに。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

写真はイメ―ジです。