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ファッション豆知識

ネクタイ(5)

豆知識 ネクタイ

6月は新生活の始まる3月と並んで、ネクタイがよく売れる月なのだそう。

考えられる理由のひとつは、毎年6月の第3日曜日の「父の日」でしょう。今年は6月16日ですが、父親にネクタイをプレゼントした人、以前したことがある人は、少なくないのではないでしょうか。

父の日をお祝いする習慣は海外でもありますが、実はその全てが必ずしも6月というわけではないそう。

イタリア・スペインといったカトリック圏の国では、3月19日の「聖ヨセフの日」が父の日にあたります。ヨセフは聖母マリアの夫でキリストの養父ということから、父親へ感謝する日となったようです。
ドイツの父の日は、「キリスト昇天祭」の日に行われます。イースターから40日目に行われるので、だいたい5月に行われます。「男の日」や「紳士の日」とも呼ばれ、ビールを飲み交わして祝うそう。ドイツらしいですね。
フィンランドの父の日は11月の第2日曜日ですが、なんと他に祝日がないからという理由で、11月に定められたのだとか!

日本と同じアジア圏では、まず韓国では、5月8日が「父母の日」とされ、両親に感謝を伝える日になっています。台湾の父の日は8月8日。「パパ」という意味の中国語の「爸爸(バーバ)」と「88」の発音が似ているからだそうです。その中国は、日本と同じ6月第3日曜日で「父親節」と呼ばれています。

他にも、フランス・香港・シンガポール・中南米諸国など採用している国がもっとも多いのが、日本と同じ6月第3日曜日です。

豆知識 ネクタイ

「6月第3日曜日」という日付は、もともとアメリカが発祥でした。
ワシントン州に住むソノラ・スマート・ドッドという女性が、南北戦争に従軍しながら男手ひとつで子どもたちを育て上げ、戦地で亡くなった父への尊敬と感謝の想いを形にしたいと、1909年に父親に感謝を捧げる日が欲しいと牧師協会へ訴えたことから始まりました。1910年に行われた最初の父の日は、ソノラの父の誕生日に地元で記念式典として開催されましたが、その日が6月第3週の日曜日だったのです。

ソノラが父の墓前に白のバラを備えたことから、アメリカでは父の日にバラの花を贈る習慣があるそうです。 イギリスやカナダの父の日も同様に6月第3日曜日で、父親が身に着けるネクタイや靴下などをプレゼントします。

豆知識 ネクタイ

日本でもネクタイや靴下などのファッション小物を贈る人は多いですよね。ビールなどのアルコールや、バッグや名刺入れなどのビジネスグッズも人気です。
ただ最近は、仕事一辺倒ではなく多様な趣味趣向を持つ父親が増え、また、男性用商品もヴァラエティ豊かなので、うなぎや肉などのグルメ商品やアウトドア商品、マッサージ器などの健康・リラックスグッズも人気のようです。

もちろん、一緒に過ごす時間が何よりのプレゼントですが、「いつもありがとう」という感謝の気持ちを込めて、年に一度の父の日には何かしらプレゼントを贈りたいものですね。

豆知識 ネクタイ

ちょっと父の日の話が長くなってしまいましたが、お話をネクタイの歴史に戻しましょう。

前回は、イギリスの伊達男ブランメルのお話をしましたが、彼と同時代を生きた有名人に、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven, 1770-1827)がいます。彼の肖像画や胸像をあらためて見ると、その元にクラヴァットが結ばれているものが多いことに気付きます。
ただ、彼の元に結ばれているのは、あの伊達男ブランメルが流行らせた、首の回りに高々と結んだ細長い白いネッククロスではないので、ドイツ・オーストリア付近では、ブランメル旋風はそれほど吹き荒れてはいなかったのかもしれませんね。

イギリスで、ブランメルのネッククロスが一世を風靡している頃、フランスでは革命以降「ガラ(Garat)」と呼ばれる幅広の膨らみのあるクラヴァットが流行していました。この名前は、このクラヴァットを広めた歌手ピエール=ジャン・ガラ(Pierre-Jean Garat, 1762-1823)にちなんで名付けられました。

フランスの作家/評論家/哲学者として活躍したドゥニ・ディドロ(Denis Diderot, 1713-1784)が黒い細長いタイプのものを愛用していたことから、細長いタイプのものも、その後流行ったという記述があります。

豆知識 ネクタイ

もちろん、ブランメルによって広められたイギリス発祥の「ダンディズム(dandyism)」という価値観(「ネクタイ(4)」参照)は、フランスに渡ってもおおいに流行り、男性はこぞって、ブランメルのシンプルで清潔感のあるスタイルを真似しました。

そこはやはり「ファッション大国」のフランスですから、「ダンディ」と呼ばれるファッション・リーダーには事欠きません。

フランスの軍人からナポリ王まで登りつめたジョアシャン・ミュラ(Joachim Murat, 1767-1815)は、伊達者だったため「ダンディ王」と呼ばれたそうです。

ブランメル亡き後のファッション・リーダーは、アルフレッド・ドルセー(Alfred Guillaume Gabriel Grimod d’Orsay, 1801–1852)という伯爵で、「2代目ダンディ」とも呼ばれた伊達男です。
飽くなき美意識を持った芸術家でもあり、絵を描いたり彫刻を行ったり才能にあふれた人物だったそうです。

豆知識 ネクタイ

「D’ORSAY(ドルセー)」という彼の名前を冠したフランスの香水ブランドがありますが、このブランドは彼の死後、彼が秘めた恋人と自身のために作った香水のレシピを遺族が見つけたことにより、創業されたのだそう。なんとロマンティックでしょう!

実は「ダンディ」という表現で呼ばれていた最初の社交界人はブランメルではなくて、このドルセー伯爵だったという説もあります。というのも、「ダンディ」という言葉が生まれた当時は、その条件の中に「派手に遊ぶ」「女性とのスキャンダルが多い」という意味合いも含まれていたようで、禁欲的なブランメルには当てはまらなかった、という学説もあるのだとか。

ドルセー伯爵はフランス人ですが、ロンドンの社交界でも人気者で、フランスからイギリスへ「カジノ」を持ち込んだことでも知られています。どうやら、根っからの遊び人のようですね・・・(^_^;)

豆知識 ネクタイ

ブランメルが中流階級からの成り上がって社交界のトップに立ったのに対し、ドルセー伯爵は正真正銘の貴族階級でしたから、彼のスタイルは、ブランメルよりもずっとエレガントなものでした。
例えば、ブランメルのクラヴァットは、白のモスリン地でしっかりと糊(のり)付けされ、完成された形を崩さないことがこだわりでしたが、ドルセー伯爵のクラヴァットのは、黒のサテン地やネイビー、シー・グリーン、プリムローズ・イエローなど様ざまで、胸元にゆとりと優雅さを添えて着用されました。

ドルセー伯爵は、自ら考案した「ドルセー・ロール」と呼ばれる、クラウンの高い丸巻ツバ型のシルクハットを愛用し、足元は、これも自ら考案した両サイドをV字型にカットしたスリッパに近いような「ドルセーパンプス」、反り返ったラペルのジャケットのボタンをルーズに止め、香水で仕上げる、といったように、独自のこだわりのあるスタイルを生み出しました。 このリラックス感のあるドルセー流スタイルは、今日のタキシード・スタイルの規範となっています。

豆知識 ネクタイ

フランスでは、1830年の七月革命によって成立した七月王政以降、人びとのファッションはより機能性を重視したシンプルなスタイルとなり、その流れにイギリスで生まれたダンディズムが呼応し、広まりました。しかし、フランスにおけるダンディズムはイギリスと少し異なり、政治的な背景から革命的価値観と結びつき、ブルジョワ層に対して軽蔑と優位を示すことができる手段のひとつとして理解され、平民たちの間でも広まり、階級間の服装の平準化が進みました。
誰も彼もが一様に黒い帽子、黒の上下に白のシャツというスタイルになったことから、「からす男」とも揶揄されるファッションが流行したそうです。

イギリスと同様フランスでも、元のクラヴァットは、そんなシンプルで地味なスタイルの中で唯一、個性を発揮できるおしゃれアイテムだったのです。

豆知識 ネクタイ

フランス男性のクラヴァットは、ダンディズムの元でも、しばらくは、先述の「ガラ」のように幅広のスカーフ状タイプのクラヴァットの人気が依然あったようです。1860年頃になってやっと、ブランメルのネッククロスのような細長いタイプのものが、日常的に身に着けられるようになったそうです。

ちなみに、現在のような多彩な物や柄物が使われはじめたのは,19世紀半ば頃からだと言われています。

クラヴァットやネッククロスの発展と普及には、「ダンディズム」が密接に関係しており、イギリスやフランスの「ダンディ」たちの貢献によって、紳士服のスタイルに多くのヴァリエーションが生まれたのですね。

次回はさらに発展し、続々と登場した様ざまなネクタイをご紹介したいと思います。お楽しみに!

文/佐藤 かやの(フリーライター)

写真はイメ―ジです。