ファッション豆知識

レース(15)

あけましておめでとうございます。

日本の慶事には、組ひもと水引の組み合わせが装飾として用いられることが多く、その技術やデザイン性の高さは世界に誇れる水準だと思います。
レースは「パスマン」という「ブレイド(組ひも)」が起源のひとつと言われていること(「レース(9)」参照)を考えると、和風なデザインのレースをどんどん日本から発信できるとよいのではないかと思います。

さて、新しい1年が始まりましたが、今年はどんなファッションが流行るのでしょう?
以前「色(8)」でご紹介した、今や世界のクリエイターたちのワールド・スタンダードとなっているアメリカの色見本会社Pantone(パントン)社が選ぶ「Pantone Color of the Year 2023」が先日発表され、今年のテーマ・カラーは「Viva Magenta18-1750」という赤系統の色に決定したそうです。
「テクノロジーの時代、私たちは自然や本物からインスピレーションを得たいと考えています。Viva Magenta18-1750は赤系統に属し、天然染料に属する最も貴重な染料の1つであり、世界が知る限り最も強く明るい染料の1つであるコチニールの赤からインスピレーションを得たものです。原初に根ざしたこの色は、私たちを原初の物質と再び結びつけます。自然の力を呼び起こすこの色は、私たちの精神に活力を与え、内なる強さを構築する手助けをします」
この色に込められた想いのように、今年こそは世界が生き生きとした躍動感と活力を取り戻し、新しい物語が始まる年にしたいですね。

前回、レースのモチーフやデザインは、花などの植物、動物、雪の結晶など自然からインスピレーションを得たものが多い、と書きましたが、今年はそんな自然が巧妙にデザインされたレースが、ますます注目されるかもしれません。

さて、レースのデザインに多いバラですが、まさに「バラ」を由来とする名前のパート・レースがあります。

19世紀末のフランドル地方で、前回ご紹介したデュシェス・レースの技法をベースに、17世紀末のヴェネチアのニードル・レースを模倣して開発されたボビン・レースで「ロザリーヌ/ロザリン(rosaline)」というレースがあります。
実は、模倣したニードル・レースの名前が「ロザリーヌ」で、そのままその名を使用したため、この名で呼ばれるレースは、ヴェネツィアのニードル・レースとフランドル地方のボビン・レースの2種類あるのです。実に紛らわしいのですが、レースの発展は以前書いたように、流行ったレースを模倣したり、そこからアレンジして発展したりするため、名前と産地が必ずしも一致しなかったり、その時代や土地で呼び名が異なったり、なかなか分類が難しかったりします。それだけこの分野の研究はやりがいがありそうですね。

ロザリーヌ/ロザリンは、その名が表すように、花びらが3枚または5枚の小さなバラが多く配されているデザインで、ブリュッセル製のものには花の中心にニードル・レースのパールが付いており、「ロザリーヌ/ロザリン・ペルレ(Rosaline Perlée)」と呼ばれていますが、ブリュージュで作られたものにはパールがありません。
多くはリネンの細い糸で作られ、この地方のレースによく見られる、モチーフの間をニードル・レースで繋いだミックス・レースもありました。

フランドル地方のロザリーヌ/ロザリンは1950年代まで生産され、一度は廃れたものの、1980年代に再発見され、古いレースは修復、リメイクされ、新しいファッションにも用いられたようです。

パート・レースの中には、アプリケ/アップリケ(appliqué:仏)の技法が使われたものがあります。
19世紀初頭にレース機が登場して以降、機械製のチュール・レースが発展し、そのチュール・レースにボビン・レースで作ったモチーフを上から縫いつけたアプリケ・レースが誕生しました。

前回ご紹介したブリュッセルのパート・レースの中にも「ポワン・プラ・アプリケ(Point plat appliqué:仏)/アプリード・フラット・ポイント(Applied flat point:英)」というアプリケ・レースがあります。

アプリケ・レースでよく知られているのは、アイルランドのニードルポイント・レースで「キャリックマクロス・レース(Carrickmacross lace)」という繊細でエレガントなレースでしょう。
アンティーク・レース愛好者に人気の高いレースですが、ヴィクトリア女王をはじめ、ダイアナ妃、キャサリン妃のウェディング・ドレスにも使用された「英国王室御用達のレース」ということでご存じの方も多いかもしれません。ダイアナ妃のウェディング・ドレスの前身頃に縫い付けられていた四角いレースが印象的でしたが、あれがキャリックマクロス・レースなのだそうです。

このレースには、下地となるチュール・レースに薄いリネンやモスリンの生地を重ね、カット・ワークのようにモチーフをコーチング・ステッチで縫い止めてゆくアプリケ風のものと、下地のチュール・レースが無く、カット・ワークを多用してモチーフをかがっていくギピュール風の2つのタイプがあります。
ふんわりとした軽やかな透け感のあるチュール・レースやモスリン地に美しいモチーフが並ぶ、熟練した職人の技が光るレースです。

キャリックマクロス・レースは、1820年代、アイルランドのモナハン(Monaghan)州のキャリックマクロス(Carrickmacross)という町で誕生しました。ドナモインのグレイ・ポーター夫人(Mrs Grey Porter of Donaghmoyne)という女性が、自身の新婚旅行で訪れたイタリアで見たアプリケ・レースをヒントに独自のデザインを生み出し、地元のアイルランドの女性たちが手に職を持って稼げるようにと教え広めたそうです。
ユーガル・レースが登場したきっかけの大飢饉(「レース(7)」参照)よりも少し前のことですが、もともとアイルランドは豊かな土地ではなかったため、レース作りは貧困をしのぐ大事な女性の仕事だったのでしょう。

非常に手間がかかるレースなので、機械レースが市場を席巻した1900年初頭には姿を消してしまい、このレースも、現在は伝統工芸や趣味として細々と残っているのみなのだそう。こういった手仕事の極みのようなレースこそ、後世に伝え残したいものですね。

カリックマクロス・レース【Carrickmacross lace】

アプリケふうあるいはギピュールふうのアイルランドのニードルポイント・レース。アプリケふうのものは機械編のネット地に薄い布でつくった簡単な模様をおき、ボタンホール・ステッチやチェーン・ステッチでとめつけ、そのまわりをカットしてつくる。ギピュールふうのものは、カット・ワークのようにつくるもので、薄いモスリンやローンの地布の上にオーバーカスト・ステッチなどで刺繍(ししゅう)した模様や、ブライドやバー(枝)でつらなった模様レースをいう。このように網目地を用いず模様だけをつなぎあわせたレース、あるいはあらい地に大柄の模様のあるレースをギピュールという。この刺繍は、あらいリネン地に太い糸や絹糸でつくった古いカット・ワークでできたギピュールのかたさはみられない。

いくつかパート・レースをご紹介しましたが、いかがでしたか?
生産効率を高めると同時に、デザインの幅も広がる手法が次々と生み出されるのは、ファッションならではですね。

次回も工夫された手法で作られる、興味深いレースをいくつかご紹介したいと思います。お楽しみに。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

写真はイメ―ジです。