ファッション豆知識

レース(14)

街はすっかりクリスマス仕様になりましたね。
今年はイルミネーションや年末年始のイベントも少しずつ復活して、世の中に活気が戻り始めたような気がします。

街のウィンドウ・ディスプレイやクリスマス・ツリーによく使われる雪の結晶模様って、レースのモチーフによく似ていますよね。実際、レースのモチーフは、この雪の結晶など自然界のものからインスパイアされているものが多いので当然と言えばそれまでなのですが、特に雪の結晶は自然界のものとは思えないほど、デザインの美しさが卓越しているように思います。ひとつだけでも美しいのに、それがたくさん並ぶともう、夢の世界のようです。

今回はそんな雪の結晶のような、美しいモチーフを並べて作るレースのお話です。

前回までボビン・レースの連続式のストレート・レースをご紹介してきましたが、今回はモチーフをつないだ非連続式のレースをご紹介したいと思います。
非連続式で作られたレースは「パート・レース(Part lace)」とか「セクショナル・レース(Sectional lace)」と呼ばれており、複数のモチーフを別に作り、それらのモチーフを後からつなぎ合わせて作られるレースです。
こちらにもストレート・レースと同様、ブライド(バー)でつなぎ合わせたギピュール型と網目のメッシュ型があります。
仕上がりに裏表の差があり、モチーフの織り目の方向が同じではないことから、連続式のレースとの見分けは比較的容易です。

また、ボビン・レース特有のしなやかな手触りの良さは、連続式と同様、非連続式のパート・レースも変わらず、さらにパート・レースは部分部分で手分けした共同作業ができるため、大きな作品を効率よく作ることが可能で、ドレスや洗礼服などの衣類やベッドカバーなどのリネン類にも多用されました。

フランドル地方のレース職人が開発したブリュッセル・レースの「ピエス・ラポルテ」が、この技法の始まりと言われています。(「レース(6)」「レース(9)」参照)
ピエス・ラポルテを用いたブリュッセル・レースには、花などのモチーフ部分を先にボビンで作り、そのモチーフをニードル・ワークでつないだり、反対にニードルポイント・レースで作ったモチーフをボビン・レースでつなぎ合わせたというようなミックス・レースが多くあります。デザインによっては、極細のかぎ針なども使用することもあったようです。

今でもベルギーでは、いくつかの町でブリュッセル・レースの手工生産が残っていますが、他のレース生産地と同様、職人の高齢化に伴い、生産規模はどんどん小さくなっているそうです。なんとか素晴らしい技術の伝承を守りたいですね。

ブリュッセルの北西に位置する古都ブリュッヘ(Brugge:蘭)もレース産業で栄えた町で、日本では「ブルージュ(Bruges:英)」または「ブリュージュ(Bruges:仏)」と呼ばれる方がポピュラーかもしれません。
ここで発展した「ブリュージュ・レース(Bruges lace)」も非連続式のパート・レースで、優雅な花柄や植物柄のモチーフを後からつなぎ合わせて作られているレースです。

ブリュージュは今でもレースの町として知られており、レース文化を伝える「レース・センター(Kantcentrum)」では、ブリュージュ・レースの歴史的逸品が公開されています。また、伝統のレース技法を後世に伝えていくため、レース関連の書籍の出版や初心者や子どもでも参加できるワークショップも行っています。ワークショップは、短期滞在の旅行者でも有料で予約すれば、開いてくれるそう。また、館内ではデモンストレーションも行われているので、興味が少しでもある人は、熟練した職人の技術を見るだけでも楽しいのではないでしょうか。
レース・センターの近くには、有名なレース・ショップもあり、古くは16世紀のものから現代まで、約6世紀にわたる700点ほどのアンティーク・レースのコレクションや、気軽に買えるコースターからベッドカバーや高級な衣類まで、幅広い品々が取り揃えられているそう。ここで展示・販売されているレースを見るだけでもワクワクしそうですね。

ブリュージュ・レースには2種類あり、比較的粗めに編まれたものと、レゾー(網目)がなく繊細に編まれた「デュシェス・レース(Duchesse lace)」と呼ばれているレースがあります。
「デュシェス(Duchesse)」はフランス語で「公爵夫人」という意味で、レース生産の支援者であったブラバント公爵夫人、マリー・アンリエット(The duchess of Brabant,Marie Henriette,1836-1902)の名前にちなんで名付けられました。

粗めに編まれたブリュージュ・レースは、丈夫な綿糸を使用しているものも多く、手入れが非常に簡単で、高温で洗濯、漂白しても形や品質が損なわれないゆえに人気が高まり、1850年から1950年にかけて盛んに生産されました。

ブリュージュ・レース【Bruges lace】

ギピュール型の美しいボビン製のレースで、ブリュージュ(ベルギ一北部の都市)でつくられる比較的あらく編まれたものをいう。繊細に編まれたものは、デュシェス・レースと一般にいわれている。美しく繊細な編目のものはドレスなどに、あらめのものはカーテンやテーブルクロスの縁飾りに用いられる。

デュシェス・レース【Duchesse lace】

デュシェスは、フランス語で<公爵夫人>の意味がある。<ギピュール・ドゥ・ブリュージュ(guipure de Bruges=ブリュージュ・レース)>ともいわれ、洗練された技術でつくられるすばらしい品質の麻糸のボビンレースである。ベルギーのブリュージュ市の修道女たちによっておもにつくられていた。そのパターンはいわゆる枝模様で、一般的な花がバーやブライド(枝)でつながれている。ひじょうに繊細な感じで、リアルレース(real lace=真のレース)として知られているものであるが、あらいものは安価である。もっとも大きな欠点は、洗うと縮んで厚くなることである。花嫁衣装やはなやかなドレスに用いられた。同じようなレースはヴェネツィアでもつくられ、それはモザイク・レースといわれ、やはり枝でつながれた花模様からなっている。

イギリスのレースの中でも有名な「ホニトン・レース(Honiton lace)」は、このブリュージュ・レースやデュシェス・レースを真似て、イングランド南西部のデヴォン(Devon)周辺で作られたパート・レースです。
エリザベス女王時代の16世紀半ばから後半にかけて、フランドル地方からの移民によって持ち込まれたと言われていますが、初期の頃は「バス・ブリュッセル・レース(Bath Brussels lace)」と呼ばれていたそうです。「ホニトン(Honiton)」の名が付いたのは後からで、この町で作られていたという他、仲買業者がホニトンの町に集荷してからロンドンへ出荷していたため、「ホニトン・レース」と呼ばれるようになったようです。

このレースが一躍有名になったのは、1840年のヴィクトリア女王の婚礼の際に、女王がホニトン・レースをふんだんに使用したウェディング・ドレスとヴェールを身につけたことでした。これらの婚礼衣装は、200人以上の優れた熟練者の手で7ヶ月もかかって作られたそうです。
また、イギリス王室に代々伝わる洗礼式の衣装も、ホニトン・レースが使用されています。

ヴィクトリア女王時代のホニトン・レースのデザインは、バラやユリ、ポピーやデイジーなどの花や、ツタやシダの葉、ドングリ、蝶など自然の美しいモチーフが並び、時には太いギム糸で縁取られて豪華に仕上げられました。

ヴィクトリア女王の婚礼で需要が大きくなった頃、イギリスでは産業革命が起こり、レース製造も機械化されていきます。そのため廉価なホニトン・レースが大量生産されることとなり、生産スピードを重視した結果、デザインはより簡素化され、手工の頃の美しさは失われていきました。

ホニトン・レース【Honiton lace】

ホニトン・レースはイギリスでつくられるレースの中で、もっとも美しいレースとして高く評価されていたボビン・レースで、模様の形をつくっておいてから、中の地模様をいれこんでゆくレースである。ボビン製のブライド(bride=枝)でつくられたもの、ボビン製の網目のもの、またまれにはニードル(針)製の網目地のものなどがあり、デュシェス・レースに似ている。イギリスのレースづくりは、つくられはじめたエリザベス女王時代(1558-1603)からホニトンでつくられており、あらいレースや金、銀の豪華なボビン・レースまであった。それは素朴な手法と模様がイギリス独自のものだけでなく、16世紀にフランドル地方よりイギリスに亡命した新教徒たちが伝えた高度な技術と新しい小枝やうずめ模様がまもなく模倣され、とり入れられた。しかしホニトンの名はこのとき、この場所からレースにつけられたものではなく、当時それはバス・ブリュッセル・レース(Bath Brussels lace)とよばれた。それは製法が似ていたからである。ホニトンのピロウ・メイドのレースは、その美しさで一時有名になったが、やがて芸術性が失われ、美しい小模様はネットに縫いつけるか編みいれるかするものになり、その後はミシン製のネットにおかれるか、ニードルあるいはボビンのブライド(bride)になっている。現代もホニトンで美しい小枝模様がつくられているが、20世紀中ごろそのパターンは平凡なものとなって、ついにゆきづまり、むかしのレースにみられたような優雅さと美は失われてしまっている。

6月のジューン・ブライドから「レース」について書き出して、いつの間にか今年も終わろうとしています。大きなテーマだとは覚悟していましたが、ここまでレースの歴史や世界が深くて広いとは!
というわけで、来年も素敵なレースをご紹介していきたいと思います。

みなさん、穏やかで良い年をお迎えくださいね。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

写真はイメ―ジです。