ファッション豆知識

レース(19)

さて、ここまでたくさんの種類のレースをご紹介してきましたが、「レース(2)」でも少しお話ししたように、レースは大きく分けると、刺繡レース(エンブロイダリー・レース)、ニードル(ポイント)・レース、ボビン・レースの3種に分類されます。(その混成のものもあります)
それらの手工レースを模して機械化されたものが、前回お話した機械レースです。

でも、私たちが「レース」と聞くと、「レース編み」を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
レース編みは、かぎ針や棒針、シャトル、板などの道具を使って、また時には両手を道具として用いて「レース状に編んだもの」です。

レース編みはニードル(ポイント)・レースやボビン・レースよりも耐久性が高くやわらかいため、日常的な用途に多く使用され、また、初心者でも容易に作成できるため、趣味の手芸として多くの人びとに親しまれています。

実は「レース編み」は、欧米では「レース」として認識されていませんでした。ニードル(ポイント)・レースやボビン・レースなどの「本物のレース(True lace)」に対して、レース編みは簡単で手間もかからないため、明らかに劣った代用品と考えられていたようです。

ただし、日本のように19世紀以降にレース技術が伝わった地域では、「レース編み」も含めて「レース」として一般的に認識されています。
近年、このレース編みの価値は欧米でも再評価されているようなので、「レース」の一種としてみなす動きも出てきているかもしれません。

レースあみ【レース編】

レース編は、細い糸を編んでつくる繊細優雅な手芸である。レースは手編レースと機械編レース(19世紀以後)にわかれ、ヨーロッパでは、手編は格調の高いものとして尊ばれていた。現在の手編レースは、ほとんど16〜19世紀にヨーロッパでつくられ確立された技法を継いだものである。素材としては綿、絹のほかに、レーヨン、合成繊維などもあり、さらに加工をほどこして独特の風あいをだした技巧的なものや、太さ、色あいの変化による趣味性の強いものもある。細い糸で透ける美しさを生かしたドレッシーなものにも、太い糸でざっくりとラフな感じのものにも編め、豊富な色糸で手編特有の自由な組合わせ模様もでき、手かげんも自由である。手芸的でオリジナルな手編レースは金属的な宇宙ルックのようなファッションの傾向とは別に、さわやかでやさしい感触をもち、機械化、大量生産の社会に住む現代人にとって郷愁を感じさせる。綿レース糸には、18〜100番までの太さがあり、番手が多いほど細くなる。原料には良質の米綿(べいめん)やエジプト綿が使われ、シルケット加工でつやを出したものや、ぼかし染や、金、銀のからみ糸などもある。レーヨン糸は、3種ぐらいの太さがあり、色が鮮明で美しくさらっとした感触がサマー・セーターなどに好まれる。絹レース糸は、光沢があり、やわらかで繊細に編みあがるので、手袋、ショール、ドレスなどに用いられる。種類としては、クロシェ・レースがもっとも一般的で、クンスト・ストリッケン、タッチングレース、テネリフ・レース、フィレ・レース、ヘアピン・レース、ボビン・レース、マクラメ・レースなどがおもなものである。

レース編みは、使用する道具や手法でいくつかの種類に分けられますが、一番ポピュラーなのは、かぎ針編みの「クロシェ・レース(Crochet lace/Crocheted lace)」でしょう。単に「クロシェ/クロッシェ(Crochet)」と呼ばれることの方が多いかもしれません。

「Crochet」は「かぎ針」「かぎ針編み」という意味のフランス語で、この言葉は17世紀頃から使われているようですが、かぎ針で編む手法自体の起源はもっと古く、古代からあったようです。
ここでお話するレース編みの「クロシェ」は、16世紀には一般的な家庭の手芸としてもヨーロッパの各地にすでに広まっていたようですが、きちんと書物や現物で確認できたのは、19世紀に入ってからです。

その起源はいくつか諸説がありますが、ヨーロッパのものに限ると、どうやらスコットランドの「シェパード・ニッティング(Shepherd’s knitting)」とフランスの「タンブール刺繍(Tambour embroidery)」の2つで、その技術が融合してできあがっていったのではないかと言われています。 シェパード・ニッティングは、スコットランドの農民が「羊飼いのかぎ針(Shepherd’s hook)」と呼ばれる小さなかぎ針を使って編んでいた編み物の一種で、タンブール刺繍は、「タンブール・フック(Tambour hook))」というかぎ針でモスリンなどの薄手の布地にチェーン・ステッチ刺す刺繍法です。

クロシェ・レース【Crochet lace】

たんに<クロシェ>ともいう。かぎ針で1本の糸をレースふうに編んだものをいい、レース編といえばクロシェ・レースといわれるほど代表的なものである。自由編、区限編、ヘアピン編など、他の材料を併用した多くの編み方もあり、編み方が簡単で、しかも編目の組合わせでかずかぎりなく美しい変化をつくりだすことができる。これに用いられる基礎編は、くさり編、細(こま)編、長編、ピコットなどである。またクロシェで編まれたレースのモチーフを、ボビンや機械で編んだネットにとりつけてつくるレースもある。このレースはハンカチーフ、下着類などの縁飾り、テーブルクロス、ブラウス、手袋、バッグなどに広く利用されている。機械製のものもでている。クロシェ・レースの有名なものに<アイリッシュ・クロシェ>がある。

クロシェのかぎ針は、ニットを編むかぎ針より細く「レース針」と呼ばれており、0号が一番太く、号数が大きくなるほど細くなります。
金属製、木製、プラスチック製などのかぎ針があり、技法や用途に応じて使い分けられています。

レース糸もレース針と同じく、20番・40番・80番・100番と数字が大きくなるほど糸の太さは細くなります。材質も綿や絹・などの天然素材から化繊のものまで様ざまで、仕上がりの風合いがまったく変わります。
一枚のレースに異なる材質の糸を使ったりして、変化の富んだデザインに仕上げるのも面白そうですね。 また、色のヴァリエーションも豊富なので、白一色からカラフルなものまで自由に作ることができます。

鎖編み、長編み、細編み、ピコットといった多種多様な編み方があり、それらを組み合わせてモチーフなどのデザインを描きます。
複数のモチーフをつなぎ合わせて作る「モチーフ編み」やパイナップルや木の実のデザインの「パイナップル編み」などがポピュラーですね。
その他、長編みや鎖編みなどを組み合わせて方眼を作り、ドット絵の要領で図形を描く「方眼編み」などもあります。

以前は、家庭で編まれたモチーフ編みやパイナップル編みの家具カバーやショールやセーターなどの衣服を頻繁に見かけたものですが、次第に人気は衰退していってしまいました。 ところが最近、「昭和レトロ」ブームもあり、その温かで素朴さの残る雰囲気が再評価されているようです。

クロシェの中でも有名なのは、「アイリッシュ・クロシェ(Irish crochet)」でしょう。
アイリッシュ・クロシェは、立体的で複雑なモチーフがレリーフ状に編み込まれている、丈夫で精巧なアイルランド発祥のレースです。

1700年代にフランスの修道女たちによってクロシェの技法がアイルランドに持ち込まれ、初めはヴェネツィアン・レースのデザインを模して作られましたが、やがてアイルランドの国花であり、キリスト教で三位一体を表すとされる三つ葉のシャムロックやバラのデザインが人気となり、1800年代中頃に多く作られるようになりました。 そして、「レース(7)」でもお話しましたが、19世紀半ばにアイルランドを襲ったジャガイモ大飢饉による貧困対策として、国としてその生産と輸出に力を注いだため、多くのアイリッシュ・クロシェが他国に渡って世界的に認知され、人気を博しました。

アイリッシュ・クロッシェ【Irish crochet】

バラ、アルファルファ(つめ草)その他の葉などの模様をまるくデザインし、そのまわりをかぎ針を使いくさり編のネットでぎっしり編んだアイルランド産のじょうぶで精巧なレースのこと。端をピコットやスカラップなどで飾ることもある。これはスペインやヴェネツィアのニードルポイント・レースをまねたものである。その最高のレースがアイルランドでつくられたのでこの名がある。

アイリッシュ・クロシェの他にも、様ざまな手法の素敵なクロシェがたくさんあります。

ベルギーのボビン・レースを模倣して、18世紀半ば頃にドイツで作り始められたと言われる「ブリューゲル・レース(Brueghel lace)」は、細いブレイドを編んで、それ折り曲げながら図柄を描き、その間を様ざまなステッチ(編み目)でつないで作られるクロシェです。
ベルギーの偉大な画家であるブリューゲルと同じ名がついているものの、その由来は不明ですが、今でもベルギーの土産物としてよく見られるレースです。

曲がりくねるブレイドがスキーのシュプール(滑走跡)に似ているため「ボーゲン・レース(Bogen lace)」とも呼ばれていますが、「レース(16)」でご紹介した、テープ・レースを使って模様を描くニードル・レースの「バッテンバーグ/バテンベルグ・テープ・レース」に似ていますね。

ドイリー(食器や花瓶下の敷物)も多いですが、テーブルクロス、テーブル・センター、カーテンなど、比較的大きなものにも適したレースです。

ブリューゲル・レース【Brueghel lace】

ベルギーのブリュッセル・レースに似た手編レース。ごく一般的なかぎ針を用いるが、帯状にできあがるレースを土台とし、これに特殊な技法を加えて模様の構成に変化をあたえるのが特徴である。いりくんだベルト状のレースから模様が構成され、美しくはなやかなことから、現在にいたるまで伝統的な地位を保っている。テーブルクロス、テーブル・センター、カーテン縁飾りなどに使用されている。

ブリューゲル・レースと同じく、細いブレイドを編んでつなげて作るクロシェですが、使われる道具に特徴あるのが、「ヘアピン・レース(Hairpin lace)」です。
その名の通り、初めは髪に刺すピンが使われていましたが、今はU字型のヘアピンのような道具を使って作ります。ドイツではフォーク状の道具を使うところから「フォーク編み」とも呼ばれるそうです。
ヘアピン状の道具に糸を渡して、かぎ針で両端に大きなループ(輪)のついた細編みのブレイドを編んでいき、これをつなぎ合わせて一枚のレースに仕立てます。ブレイドを丸くつなぐとモチーフになり、そのモチーフをつなぎ合わせるとモチーフ編みにもなります。
比較的大きなものを作ることができるので、カーテンや衣類などに使われます。

糸はレース糸、糸、ストロー・ヤーン、毛糸など様ざまなものが使われ、使う糸によって風合いが変わります。

技法があまり難しくなく、手間がかからない割に華やかに仕上がるので、手芸として人気が高いクロシェです。

ヘアピン・レース【Hairpin lace】

ヘアピンのような形をした編器を用いてかぎ針で編むレースのことで、最初髪に刺すピンを使って編まれたところからこの名がつき、ドイツではフォーク状の器具を使うところからフォーク編ともよばれる。レースのように編目が透いており、技法がやさしく手間がかからないわりに豪華なのが特徴で、レース糸、麻糸、ストロー・ヤーン、毛糸など、糸であればなんでもよい。ただし、毛糸のように伸縮性のあるものは、ブレードを編機からはずすと少し縮むのでその分をみこして編機の幅を調節する。紐(ひも)状に長く編まれたものをかがりあわせてレースをつくり、カーテン、ふくろ、ブラウスなどをつくったり、また布地のように細くはぎあわせ、その上に毛糸で編んだ造花などを飾り、ベビー用おくるみに用いたりする。

ヘアピン・レースはかぎ針の他にヘアピンを使いましたが、なんと箒(ほうき)を使って作られたレースがありました!

「箒」という意味の「ブルームスティック(Broomstick)」が名につけられた「ブルームスティック・レース/クロシェ(Broomstick lace / crochet)」です。箒だからでしょうか、「魔女の魔術のレース」という意味の「ウィッチクラフト・レース(Witchcraft lace)」とも呼ばれているそうです。

昔、一日の仕事を終えた女性たちが、箒を持って座り、その柄に糸を巻きつけ、できた輪を5つくらいにまとめてかぎ針で編み、服やアクセサリーを作っていたそうです。
今は箒ではなく、プラスチック製の専用の編み針や木製のダボを使用しています。

このレースは他にも、「ジフィー・レース(Jiffy lace)」「ピーコック・アイ・クロシェ(Peacock eye crochet)」など様ざまな別名を持ちます。
様ざまな名前があるのは、このレースが19世紀のヨーロッパが発祥と言われているものの、その起源や歴史はまだまだ不明のようで、現在アメリカ、カナダ、オーストラリア、インド、クロアチアなど多くの国の伝統工芸として残っており、それぞれ地域で違う名前がついているからです。

クロシェにはその他、リネンの縁を飾るチェーン・クロシェや、フィレ・レースのように見えるフィレ・クロシェなど多くの種類があります。 比較的容易に編むことができるため、自由な発想で新しいデザインのものが世界中で次々と作られています。

レース編みには、棒編みのものもあります。
ドイツ発祥の「クンストシュトリッケン(Kunststricken:独)」は、4〜6本の棒針を用いて編むレース編みです。
ドイツ語で「Kunst」は「芸術・技術」、「Stricken」は「編み物」を意味するように、芸術性の高い優美なレース編みで、日本においては、「クンスト編み」、「クンスト・レース」とも呼ばれています。
細い綿やの糸を使ったドイリーやテーブルクロスが人気です。

実は、クンストシュトリッケンのような棒編みのレースは、英語では「Lace / Lacy knitting」と表記されており、「ニット」に分類されているようです。
「レース編み」と「ニット」のおもな違いとして、「レース編みはひとつひとつの編み目が完了してから次の編み目が始まるのに対し、ニットは一度にたくさんの編み目が開かれて編まれる」とか、「レース編みの模様は表裏両面にあるが、ニットの模様は片面にしかない」などといろいろ唱えられているようですが、いずれも確固とした根拠はないようです。 日本人にとっては、レースのように見える透かし模様のものであれば、どれも「レース」と言ってしまってよいと思います。

温かで素朴さの残るレース編み。
最近、そのレトロな雰囲気が再評価されていて、街の店頭でもレース編みの洋服やファッション小物を多く見かけるようになりました。

新しいチャレンジの春も、もう始まります。
今年の春はレース編みに挑戦して、自分だけのオリジナルな作品を作ってみてはいかがでしょう?初心者でもすぐ始められるキットやテキストなども充実しているので、初めの一歩さえ踏み出せれば、きっとものづくりの楽しさで、あっという間に素敵な作品ができあがると思いますよ。

次回も引き続き、興味深い手法のレースをご紹介したいと思います。お楽しみに。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

写真はイメ―ジです。