ファッション豆知識

ベスト(6)

ファッション ベスト

新年早々、心痛むニュースが続いています。
特に今回の能登半島地震によりお亡くなりになった方々に謹んでお悔やみ申し上げますとともに、被災された皆さまに心からお見舞い申し上げます。また、被災者の救済と被災地の復旧支援のために尽力されている方々に深く敬意を表します。
相次ぐ余震と北国の極寒の中、防寒対策もままならない状況で、不安を抱えながら日々を過ごしていらっしゃる方々のことを思うと、本当に心が痛みます。

ファッションができること、東日本大震災の時にも考えました。生活に必需である衣料の支援だけでなく、少し状況が落ち着いてきた時に、ほんの少しでも明るい気持ちや希望を与えてくれる力が、ファッションにはあるような気がします。
とにかく今は、被災された皆さまの安全と、一日も早い復旧を願うばかりです。

さて、今年は比較的暖かな年末年始でしたが、やっとニットやダウンのベストが大活躍する冬の寒さになってきましたね。

前回は、人気アイテムの「ジレ(gilet)」は、実は「ベスト」という意味のフランス語で、それが指すアイテムは、私たちが知っているもの以外に、「肌着」や「カーディガン」、「救命胴衣」や「防弾チョッキ」など様ざまなものがあるというお話をしました。

そして、ややこしいことに、フランス語にはこの「gilet」とは別に「veste」という言葉があるのです!

ファッション ベスト

フランス語の「veste」は、英語の「vest」の語源とも言われていますが、「veste」は袖無しの中衣である「ベスト」ではなく、「上着」とか「スポーツ用のコート」を指すのだそう。

例えば私たちが「Gジャン」とも呼ぶ「デニムジャケット」は、フランス語では「Veste en jean」と呼ばれています。

また、フランス語の「veste」は「衣服」という意味のラテン語の「vestis」を起源としているのですが、同じ「vestis」を起源とするイタリア語の「veste」は、フランス語と少し異なり、「ローブ」とか「ガウン」を指すのだそう。
もう、表に整理でもしないとわからなくなってきましたよね・・・

ベスト 【Vest】

フランス語のヴェストゥ(veste)は<上着><スーツのジャケット><婦人用の短めのコート>などの意味で、ジレ(gilet)がベストにあたる。

ファッション ベスト

また、「バニヤン(banyan)」と呼ばれる、17世紀後半から18世紀にかけてヨーロッパの男女が着用したインド風のガウンがあるのですが、この「banyan」という言葉は、現在のインド英語では「ベスト」や「アンダーシャツ」という意味で一般的に使われているそうです。
おそらく「veste」という言葉が、イタリア語では「ローブ」とか「ガウン」という意味を持つことや、フランス語の「gilet」が「肌着」という意味も持つことなど考えると、そういったヨーロッパ各国の言葉の意味が影響を与えたように思えます。

ちなみに、このバニヤンは、日本の着物の影響を受けたT字型のガウンで、オランダ東インド会社がヨーロッパに持ち込んだアジア風の衣服が当時大人気だったようです。

でも、ローブやガウンがベストの起源、ということではないようです。
最後に、ベストの歴史をたどってみましょう。

ファッション ベスト

ベストの起源は、14世紀半ばから17世紀半ばまで、ヨーロッパの主要な男性用上着であった「ダブレット(doublet)」です。フランスでは「プールポワン(pourpoint)」、スペインでは「ジュボン(jubón)」と呼ばれていたものです。

もともとは袖付きで、防寒具としても使われていたダブレットですが、1650年頃になると、扱いやすいように着丈や袖丈が短くなっていき、だんだん身幅も狭くなっていきます。

1660年代以降のフランス貴族社会では、旅行者や軍人の防寒着だった「カザク(casaque)」から発展した「ジュストコール(justaucorps)」という上着が、ベストの起源であるプールポワンの上から着られるようになり、プールポワンを中衣とする「ジュストコール(上着)」+「プールポワン」+「ブリーチズ(breeches)」という男性服のスタイルが確立していきました。

当時、ファッションは男性の出世の大きな要素だったので(「ベスト(3)」参照)、プールポワンは派手な色彩や豪華な刺繍が施されたりして装飾性を高めていき、ジュストコールの前は、中のプールポワンが見えるように開けて着用するのが男性貴族の着こなしでした。
また、袖口からシャツを出していたそうですが、この頃のプールポワンには袖があるものもあり、袖口からシャツをのぞかせる代わりに、プールポワンの袖口にレースを縫いつけたものも見られたそうです。

18世紀に入るとジュストコールも細身になり、ルイ15世(Louis XV , 1710-1774)の時代にはプールポワンの袖が無くなり、今のベストの形に近づき、これが「ジレ(gilet)」と呼ばれるようになったのです。

ファッション ベスト

このフランスのスタイルがイギリスにも波及し、フランスの「カザク(casaque)」はイギリスでは「カソック(cassock)」と呼ばれ、やがて「コート(coat)」に発展していきます。
フランスの「ジレ(gilet)」はイギリスでは「ウエストコート(waistcoat)と呼ばれ、ウエストコートを中衣として「コート」+「ウエストコート」+「ブリーチズ」のスリーピース・アンサンブルとなり、それが現代のスリーピース・スーツへと発展しました。(「ベスト(3)」参照)

このように、ベストは現代になるまでずっと男性のファッション・アイテムとして発展してきたのです。

ファッション ベスト

ベストのお話はこれで終わりです。
いかがでしたか?知らないこともたくさんありましたね。

最後にあらためて言葉について、おもなものを整理してみましょう。

日本語:ベスト/チョッキ
アメリカ英語:vest
イギリス英語:waistcoat
フランス語:gilet

注意しなければならないのは、イギリスでは「vest」は「肌着」という意味で、フランス語の「veste」は「上着」、イタリア語の「veste」は「ローブ」を指す言葉でした。
ややこしいですが、ファッション好きなら、知っているといつか役にたつこともあると思いますよ。

最近ファッション界では、ジレだけでなく、装飾的なベストも注目されているようです。ゴブラン織のようなクラシカルなものからアーティスティックなものまで多様なベストが登場していて、独創的なベストを見つけるとワクワクします。
今年はぜひベストのオシャレに挑戦してみてくださいね。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

写真はイメ―ジです。