ファッション豆知識

パーカー(4)

前回、カジュアル・ファッションには欠かせないフーディーにも、ネガティブなイメージがあり、その背景には貧困や犯罪、人種差別などの社会問題があることをお話しました。特にアメリカでは、そのイメージが黒人差別の問題と呼応して社会運動となり、フーディーはその象徴的アイテムとして扱われ、その運動はあの「ブラック・ライブス・マター運動(Black lives matter)」にまでつながっていきました。

けれども、フーディーが貧困や差別などのネガティブな社会問題とむすびついたのは、アメリカの黒人の若者に限ったことではありません。
実はアメリカにおいてフーディーが社会運動とむすびつく以前に、イギリスでもフーディーは、若者の反権威、反骨精神を象徴するファッション・アイテムとして、社会現象化していました。

少し時代はさかのぼりますが、1970年代末にイギリスに渡ったヒップホップは、その反骨精神が、不平等で貧困を生む社会、権威に不満を持っていたイギリスの下層階級の若者の心情と合致し、熱狂的に支持され大流行しました。
彼らの多くが、フーディーやスポーツウェアなどのアメリカン・カジュアルを着用したことから、マスコミから「安っぽいスポーツウェアを着た生意気で粗野な振る舞いをする若い下層階級」と定義され、「チャヴ(Chav)」という蔑称で呼ばれたそうです。

パンク・ファッションと同様、ファッション・カルチャーが政治的な主張も表すイギリスらしい動向ですね。

とはいえ、そうした社会問題の背景がなくとも、そもそもフーディーやパーカなど、つまり日本でいうパーカーのフード自体にネガティブなイメージがついていることも事実です。

すっぽりかぶると顔が隠れることから、アメリカでは犯罪時にフーディーがよく着用されたことは「パーカー(2)」でもお伝えしましたが、日本でもフードをすっぽりかぶっている人=犯罪者のイメージがある人も多いと思います。特に夜、静かな通りでフードをかぶった人を見かけると、ちょっと注意しちゃいますよね。

最近多発している餃子や精肉の無人自動販売機強盗の防犯カメラ映像などを見ても、その犯人の多くがフードをかぶってカメラに顔が映らないようにしています。

個人的には、「カウル」(「パーカー(2)」参照)を着た中世ヨーロッパの僧侶でさえ、フードをかぶって薄暗い教会や聖堂にいると、なんだか不穏な空気を感じてしまうのはサスペンス洋画の見過ぎでしょうか?!

先日のイギリスのチャールズ3世の戴冠式の中継の際、まさに式が始まる直前、近衛兵が入場してきた背後に、会場の入り口付近を黒いカウルを着た人物が横切り、「死神が出た!」と話題になりましたが、そう言えば西欧の死神もフード付きのカウルのようなものを着ています。しかも横切った人物はフードをかぶって長い棒状のものを持っていたので、私も初め見た時は思わず「死神だ!」と驚いてしまいましたが、後日ウェストミンスター寺院が、その正体は「聖堂番(Verger)」という寺院の補助スタッフであったと明かしています。

フーディーのネガティブなイメージがなかなか払拭できないのは、そういった死神や悪のキャラクターなどのネガティブなイメージが、映画や絵画などで潜在的に私たちの意識に刷り込まれていることもあるでしょう。

近年は、インターネットを使って不正をはたらく悪質なハッカー(クラッカー)や詐欺師たちがフーディーを着用しているイメージもあります。

有名な「アノニマス(Anonymous)」というハッカー集団がありますが、先日銀座の高級時計店に白昼堂々と強盗に入った犯人たちが、このアノニマスがトレードマークにしている、17世紀のイギリスで国家転覆を企てたガイ・フォークス(Guy Fawkes)のデスマスクを模した仮面をつけ、パーカーのフードをすっぽりとかぶり犯行におよんだ姿は、人びとに恐怖のイメージを与え、ますますパーカーに犯罪のイメージがついてしまったようで、残念に思います。

前段で「悪質なハッカー(クラッカー)や詐欺師たちがフーディーを着用しているイメージもある」と書きましたが、それはフーディーが、インターネットを駆使する「ITギーク(オタク)たちのファッション」として認知されているという背景があると思います。

フーディーは、2000年代当時のITギークたちの定番ファッション・アイテムでした。
その後多くのITギークたちがミリオネアになったため、フーディーは「IT富豪の服」「優秀なIT技術者が愛用する服」というポジティブなイメージもあります。

例えば、Facebook(現在のMeta)の創業者でありCEOのマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)は、学生時代からフーディーを愛用していましたが、成功した後もずっとフーディーを愛用しています。
株式公開(IPO)前のニューヨークで開かれた投資家向けの説明会に、フーディーにジーンズというラフな姿で現れたことで、証券会社のアナリストから猛烈に非難されたこともありました。
フーディーばかり着ているマーク・ザッカーバーグは、アメリカの男性ファッション誌「GQ」で、2011年の「シリコンバレーのワースト・ドレッサー15人」の1人に選ばれたとか。
2016年に第一子が生まれ、育休後の復帰を明日に控えたザッカーバーグは、SNSで「明日は何を着て行くべきかな?」というコメントとともに、同じグレーのTシャツとフーディーがずらりと並んだクローゼットの写真を公開して話題になったこともあります。 彼の創業時のお気に入りブランドは「ギャップ(GAP)」で、成功後はイタリアの「ブルネロ・クチネリ(BRUNELLO CUCINELLI)」なのだそうで、さすがに成功後は、同じフーディーでも高級ブランドのものになったようですね。

パーカーを「カワイイ」アイテムにしたのは、日本でしょう。

従来、子ども向けに作られていた動物の耳を付けた可愛らしいパーカーを大人向けにした商品は、若い女性のみならず、男性も部屋着として愛用している人が多いと聞きます。
時折、部屋着としてではなく街でも見かけますし、みなさん、アニメのキャラクターのようなイメージで着て、楽しんでいるようですね。
ネコ耳が一番人気のようですが、最近はもっと耳が大きいウサギも人気だとか。

西洋の死神とは、まったく正反対のイメージですね。 それも、パーカー自体は非常いシンプルなアイテムなので、デザインやアレンジでいくらでもイメージを変えられるということなのだと思います。

パーカーはシンプルなのに機能的なので、旅行に持って行くには最適なアイテム。
スウェットなどシワにならない生地が使われているため、旅行カバンに詰め込んでも、出してすぐ着られます。
また、防寒性がある上、暑くなったら脱いで丸めてカバンにしまったり、腰に巻いたり、肩にかけたりもでき、温度調節しやすいアイテムなため、旅先の予見できない天候でも対応範囲が広いです。
私は飛行機に乗る場合は、必ずパーカーを持ち込みます。特に夏は飛行機や空港の空調で身体が冷えますから、必携です。機内で寝る時はサングラスをしてパーカーのフードをかぶって寝ると、人の視線が気にならなくなり、なんだか眠りやすい気がします。

夏にはUVカット機能があるものが活躍します。顔を焼きたくない時は、フードをすっぽりかぶってしまえばよいですよね。
そのためパーカーはビーチでも活躍します。UVカットだけでなく、水に濡れて身体が冷えた時にも水着の上からパーカーを着ると、すぐ温まりますよ。
春夏のドライブでは、案外窓からの陽射しが強く、首や腕が日焼けしますから、車中でも重宝しそうです。

みなさんがすでに日常よく着用しているパーカーにも、様ざまなストーリーやイメージがありました。それを知るとまた、より愛着がわいたり、新しい着方をしてみたくなったりしませんか?

今年の夏も不安定な天候が増えそうです。
そんな時にも、お気に入りのパーカーがあれば、臨機応変のオシャレを楽しめますよ!

文/佐藤 かやの(フリーライター)

写真はイメ―ジです。