ファッション豆知識

パーカー(3)

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さて、前回はフード付きの衣服の歴史から始まり、おもにアメリカにおけるフーディーの登場と発展をみてきました。

そのフーディーの発展に欠かせないのが、ラップ(Rap)やDJなどの音楽、ブレイキン(Breaking)などのダンスに加えて、落書きアートのグラフィティ(Graffiti)を構成要素としたストリート・カルチャーである「ヒップホップ(Hip hop/Hip-Hop)」でしたね。
このアメリカ発のヒップホップは、やがて全世界に拡がり成功し、巨万の富を生むビジネスへと成長しました。

2000年頃から活動するバンクシー(Banksy)は、グラフィティの価値を、「犯罪」からオークションで高額取引されるような「芸術」の域にまで高めてしまいましたし、ブレイキンは2024年のパリ・オリンピックの新種目にもなり、その周辺ビジネスも最近とても盛んになっているようです。

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中でも一番初めに経済的成功を成し遂げたのは、ラッパーやDJ、MCといったヒップホップのミュージシャンでしょう。

1990年代、それまでストリートで活動していたラッパーたちがメジャーの舞台でも大成功して、多くのミリオネアが誕生しました。
彼らの着るファッションは常に最先端のスタイルとして注目され、フーディーはますますクールなアイテムとなっていったのです。

パフ・ダディ(Puff Daddy)のMCネームで知られる人気ラッパーのショーン・コムズ(Sean Combs)は、なんとクリスタルが散りばめられた豪華なフーディーを作ったそう。そのフーディーは、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館のコレクションに所蔵されているそうです。

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ラップが大金を生むとなると、ラッパー同志の抗争も生みます。

「アメリカ東西海岸ヒップホップ抗争(East Coast–West Coast hip hop rivalry)」と呼ばれている抗争は、最終的には殺人事件にまで加熱しました。

先述の東海岸の人気ラッパーのショーン・コムズは数々のスキャンダルの持ち主でもありましたが、彼と敵対していた西海岸の人気ラッパーの2パック(2Pac)が1996年9月に何者かに殺害され、その6か月後に今度はショーン・コムズのレーベル所属のノトーリアス・B.I.G(The Notorious B.I.G)も殺害されるという事件が起きます。
また、ショーン・コムズ本人も1999年12月、マンハッタンのナイトクラブで銃撃事件が起きた時に現場にいたことから、仲間とともに銃刀法違反で逮捕されてしまいます。後に免罪となったものの、悪のイメージが決定づけられたのは間違いありません。

当時のラッパーの多くは黒人で、貧民街で麻薬売買や窃盗などの犯罪を犯して育った者が多く、黒人ラッパー=悪人のイメージをより一層強めることとなってしまいました。
ラッパーたちによってクールなファッション・アイテムにまでなったフーディーですが、同じラッパーたちの悪い行いによって、悪のイメージもついてしまったのです。

もともとヒップホップは、アメリカのストリート・ギャングの抗争を無血で勝負をつけるために、銃や暴力ではなく、DJプレイやラップ、ブレイキンのフリースタイル・バトルのような対決方式で優劣が争われるようになったのに、残念ですね。

アメリカの東西海岸ヒップホップ抗争は、先述の通り殺人事件になるまで加熱しましたが、東西海岸を代表する偉大なラッパー2人の死は、この抗争を一気に鎮めることとなりました。
けれども、フーディーを着た黒人=悪人(犯罪者)というイメージは依然として人びと、特に白人たちの脳裏に焼きついています。

2012年2月26日、フロリダ州サンフォードで、17歳の黒人少年、トレイヴォン・マーティン(Trayvon Martin)が、フーディーを着ていて怪しく見えた、というだけで、自警団員のジョージ・ジマーマン(George Zimmerman)に銃殺されます。ジマーマンは駆けつけた警察に一度拘束されたものの、同日の深夜に正当防衛であるとして釈放されてしまいます。 マーティン君の両親はこの事件の顛末と警察の対応などを不服として、弁護士とともにメディアを通して世論の喚起を図りました。

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アメリカの保守系メディアのFOXニュース(Fox News)のコメンテーター、ジェラルド・リベラ(Geraldo Rivera)は、「有色人種の若者がフーディーを着ていると、ある種の軽蔑と脅威の感情を刺激する」とし、マーティン君の死は黒人であることとフーディーが原因で、それに脅威を抱くのは仕方ないと論じたため、多くの抗議が寄せられました。
しかし、白人の中には「フーディーを着た黒人は脅威である」という概念が根強くあり、公共の場でのフーディーの着用を犯罪とするような法案を出す白人議員まで出て、それに対してまた大きな抗議が起きたのです。

プリンストン大学のエンジェル・ハリス(Angel Harris)准教授(社会学)も、マーティン君が警戒されたのは、肌の色だけでなくフーディーも要因のひとつではないか、と分析して、社会学の分野でも大論争が起きます。

ちなみに、マーティン君を射殺したジョージ・ジマーマンは「白人だ」という記事も見かけますが、彼は白人ではなくヒスパニック系で、また、保守的なコメントをしたジェラルド・リベラもプエルトリコ人の血が入っており、どちらもアメリカにおいてはアフリカ系黒人と同じ被差別人種であったことは社会学的に興味深いと思います。

反対に、リベラルなCNNなどのメディアは、この事件を人種差別問題として、人権的な議論を連日展開します。
フーディーを着て、黒人たちと一緒に抗議する白人議員も多く登場しました。
バスケット選手をはじめとした有名アスリートや芸能人たちなど、多くのセレブたちも人種を問わず、SNSなどでフーディー姿で公の場に姿を現したり、ジマーマンの逮捕を求める抗議運動への連帯を表明しました。

その結果、全米の関心がこの事件に集まり、各地でジマーマンの逮捕と告発を求める抗議行動が起き、このデモ参加者の多くが「抗議の象徴」としてフーディーを着用しました。

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これをきっかけに、これまで繰り返されてきたアメリカの白人警官による人種差別的暴力に対する抗議が再び活発になり、2020年5月25日のミネソタ州ミネアポリス市でのジョージ・フロイド(George Floyd)の死をきっかけにその抗議運動は爆発的に強大化し、あの「ブラック・ライブス・マター運動(Black lives matter)」になっていったのです。
その後この運動がアメリカだけではなく全世界的な運動になったことは、皆さんもご存知でしょう。

日本では、テニスの大坂なおみ選手が、2020年の全米オープンで、試合ごとに異なる黒人犠牲者たちの名前が記された黒いマスクを着けて注目を集めたことで、この運動のことを知った方も多いのではないでしょうか。

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今回は、フーディーにネガティブなイメージがあることをお伝えしました。

そして、その背景には貧困や人種差別などの社会問題があることを、ぜひこの機会にファッション好きな皆さんにも知ってもらいたいなと思います。

Tシャツ」の回でも書きましたが、ファッションは単に人を装飾するだけでなく、発信力を持ったメディアでもあり、特に欧米では社会問題に関与することもしばしばあります。

次回も引き続き、フーディーのイメージの変遷を追ってみたいと思います。

お楽しみに。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

写真はイメ―ジです。