ファッション豆知識

えり<襟・衿・領>(9)

さて、ジャケットの襟に残る「謎のボタンホール」の正体もわかったところで、そろそろ襟のお話も最終回です。

前回までの「開き襟」は、主に「テーラード・カラー」などのジャケットの襟についてお話しましたが、日本人は「開き襟」というと、「開襟(かいきん)シャツ」のような襟を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
シャツに付いた「開き襟」は、その意味通り「オープン・カラー」と総称されます。
襟部分だけでなく、見返し(前立部)の上部まで折り返すので、首回りの締めつけがないだけ風通しが良く、リゾート地などの暖かい地域や暖かい季節に着用されます。ハワイの「アロハシャツ」や沖縄の「かりゆし」などが有名です。

「胸襟(きょうきん)を開く」という「心を開く」といった意味の言葉がありますが、なんとなく襟が開くと心もオープンになりますよね。気心の知れた仲間と遊ぶ服としては、開襟シャツはもってこいのアイテムですが、反対に開き過ぎると、特にオフィシャルな場所では少しだらしなく見えてしまうので、着こなし方に注意が必要です。

他にも、身頃とひと続きに見える「オブロング・カラー」など、「オープン・カラー」もヴァリエーションが豊富にあります。

「折り襟」の第一ボタンを開けばすぐ「開き襟」になるので、はっきり区別がつけられないタイプの襟も多くあります。

トレンチ・コートやステンカラー・コートのように、ボタンを留めると「折り襟」、外すと「開き襟」といったように、2つのタイプを兼ね備えているものを「コンバーティブル・カラー(両用襟)」と呼びます。寒い時はボタンを留めて前を閉じたり、気温に合わせて調節できるのが便利ですね。

女子学生用のシャツやブラウスなどによく見られる、下襟にボタンループが付いている「ハマ・カラー (ワンナップ・カラー)」も、ループボタンを留めると「折り襟」、外すと「開き襟」になる「コンバーティブル・カラー」です。ちなみに、「ハマ・カラー」は日本のみでの呼称だそうで、「ハマ」は1970年代流行した横浜の「ハマトラ・ファッション」の「ハマ」なのだそう。当時はループボタンを留めて着用していたようです。

その他にもデザイン性が高い襟が多くあります。
今シーズンは、大きな襟、変わったデザインの襟など個性を表現する襟が流行しており、襟がスタイル作りにかなり重要な役割を担っているようです。

最近、街では17世紀ヨーロッパの「フォーリング・バンド(ヴァン・ダイク・カラー)」や首周りを大きなフリルで囲む「ラッフル・カラー(フリル・カラー)」のような大きな襟がよく見かけられます。小ぶりの「ラフ」も、店頭で見かけることがあります。

大きな襟には、他にケープのような「ケープ・カラー」やドレープ感のあるケープ状の「ラバティン・カラー」といったものもあります。ケープのように肩から胸にかけて身頃を覆うような襟には、四角い「ボックス・カラー」や三角形のショールを胸の前で結ぶスカーフの形をした「フィシュー・カラー」、ビブのような「ビブ・カラー」など案外多くの種類があります。
イブニング・ドレスなどで見られる「バーサ・カラー」という胸周りを上腕部まで大きく覆う襟は、もう「襟」というより「前開きのないケープ」といった方が想像しやすいかもしれません。

「サイドウェイ・カラー(アシンメトリー・カラー)」は、その名からわかるように、襟が付いた打ち合わせが左右どちらかに寄っていて非対称な襟を指しますが、大きさも様ざまで、「立ち襟」タイプもあれば「折り襟」タイプもあるそうです。

また、クラシックなワンピースなどで見られる、くるくるっとロール状に巻かれた「ロール・カラー」も可愛いですね。

ちなみに、襟がない首周りのことは「ノー・カラー」と呼んでいます。

スカーフやリボンと一体になったような襟もあります。

一番馴染みがあるのは、蝶結びの「ボウタイ」でしょうか。「ボウ(bow)」は「弓」という意味以外に「蝶結び」という意味があるのです。
レディース・ファッションでは、襟自体が蝶結びの形のもの、または、蝶結び状の紐(ひも)が付いたトップス自体を表すこともあります。フェミニンで少しフォーマル感を醸し出すので、スーツや制服に合わせる人も多いかと思います。メンズ・ファッションでは「ボウタイ」というと、襟ではなく蝶ネクタイ自体を指すことが多いかもしれません。

ボウタイに似ていますが、ボウタイよりも紐(ひも)が太く、スカーフを首に巻いたり結んだりしたような襟、または、スカーフ状の太目の紐(ひも)が付いたトップス自体を「スカーフ・カラー」と呼びます。こちらはクラシカルな雰囲気を作り、かつ首周りにスカーフ状の紐(ひも)を巻くと防寒にもなるので、秋冬のオシャレにピッタリです。

リボンやスカーフ状のものが顔周りにくると、とたんに印象が華やかになりますね。
襟自体が総レースのものなど手の込んだ襟は、もはやそれだけで芸術作品のような美しさがあります。

あの襞(ひだ)襟ほど派手ではないですが、胸もとを飾るフリル状の「ジャボ」というレース製の飾り襟があります。
現在は女性用のブラウスやワンピースに用いられますが、もともと登場した17世紀頃は襞(ひだ)襟と同様、男性用シャツに用いられました。その後、おそらく儀式などの正装時だと思いますが、軍服やスーツでも用いられたそう。19世紀頃になってスカーフや蝶ネクタイが流行すると姿を消してしまいましたが、現在でも欧米の社交界や王室、議会、法廷弁護士で、ジャボを着用する男性の姿が見られるそうです。
ジャボには身頃と一体型になっているものと、ビブ状で付け外しができるタイプがあります。

付け外しができるタイプの「付け襟」は、「デタッチャブル・カラー」または「アタッチド・カラー」と呼ばれています。襟の分類から除外されることもありますが、襟の種類のひとつとして認識してよいと思います。
洗濯がなかなか困難だった背景により1830年代に発明された経緯は、「えり(4)」でもお話しましたね。

今シーズンは久しぶりに、このデタッチャブル・カラーが流行しています。ここ数年続いているクラシカルなファッション・トレンドもあり、素敵なレース素材のものや大きいものなど、シェイクスピア時代のヨーロッパ貴族のようなものも多く見かけます。

小さな身頃がついて、重ね着したように見せられるものもあります。こうしたタイプは、少し胸が開き過ぎている服にも使えます。
交換できるので、同じトップスでも違う印象を作ることができ、コーディネートの幅を広げる大変便利なアイテムです。
店頭に様ざまな種類のものが出ている今、ひとつ購入しておくのも良いと思います。

ここで、ジャボをはじめ、法廷で様ざまなデタッチャブル・カラーを着用していた、高名なアメリカ女性をぜひご紹介したいと思います。

昨年秋、87歳で惜しまれつつこの世を去ったルース・ベイダー・ギンズバーグ(Ruth Bader Ginsburg)さんは、1993年にビル・クリントン大統領に指名されてから死去するまで27年間にわたって連邦最高裁判事を務めた聡明な女性です。特に性差別の撤廃などを求めるリベラル派判事の代表的存在としてアメリカで大きな影響力を持った女性で、2018年には彼女を題材にしたドキュメンタリー映画「RBG」も話題になりました。(「RBG」というのは、彼女の通称)彼女が亡くなった際は、その後任人事も含めて日本でも大きなニュースになったので、知っている人も多いかもしれません。

ギンズバーグさんは、黒いローブ(法衣)に様ざまなデタッチャブル・カラーをつけて裁判にのぞみました。裁判官は通常、政治的な意見を述べることはありませんが、これらの襟で彼女はその審議に対する無言の意思表明をしたそうです。
例えば、異議を唱えたい時につける特別なジャボは「ディセンティング・カラー(dissenting collar=反対意見の襟)」と呼ばれ、RBGファンの間で人気があり、ファンメイドのグッズも生まれているそう。

えり(8)」で、ラペル・ピンも単なる装飾としてではなく、自分の主張を発信するファッション・アイテムとしても活用されている、とご紹介しましたが、まさか襟自体でメッセージを伝える女性がいたとは!

最近は、襟にプラスティックや金属などの異素材の装飾が施されているものもありますが、襟周りの装飾として、アクセサリーを活用するのもオススメです。
短めのネックレスを襟に合わせたり、襟にラペル・ピンやブローチなどをつけると、とたんに顔周りが華やぎます。

襟は、それ自体は衣服の中で占める割合は小さいですが、「顔の置き台」ともいわれるくらい顔に近い部分なだけに、人の印象を大きく左右します。襟が付いているだけできちんとした印象になったり、形が少し違うだけで雰囲気が変わります。ですので、コーディネート全体をよく考えて襟やアクセサリーを選ぶのも、センスの見せ所です。

」と同様、TPOや気分に合わせて選ぶだけでなく、「自分に似合う襟」というものもあるでしょう。
例えば、「丸顔の人に合う襟」「面長の人に合う襟」と顔の形によっても似合う形の襟が違いますし、同じ人でも年齢によって似合う襟は変わってきます。
私たちがトップスやジャケット、コートを買う時、意外と襟の形がキーポイントになっているような気がします。

カラーCollar

ー 役割 ー

カラーは顔のちかくにあるものだけに、その顔を引立たせるものでなければならない。また服のデザインの大きなポイントとして考えられることはもちろんで、着る人の顔うつりを十分考慮する必要がある。たとえば大きい顔の人の場合、小さな衿をつけるとそのカラーと対照的に顔が大きく見えたりする。反対に大きな衿をつけると、二つのくりかえしは顔をより大きく感じさせる結果になったりする。大きさに対する人間の心理的影響を考えると、かえって衿なしに前を少し深めにあけて首までつづける感じにしたり、中庸の衿を選ぶか、ドレープなどを加えてこのあたりをぼかしたぐあいにあつかうのもよい。またカラーは年齢やムードの表現にも役立つものである。たとえばテーラード・カラーは男性的で整然とした感じを、のりのついた白い丸いカラーは若々しいモダンな表現を、ドレープのはいったカラーなどはおちついたマダム的なふんい気を、バンド・カラーはミリタリー調をそれぞれあらわす。衿あきの寸法、カラーの大きさ、立しろなどで首から衿元の美を増したり、また欠点をかくすこともできる。カラーのムードが一枚の服の感じをつくりだす要素となることを心得るべきである。カラーの仕立ては、とくに服としてもっとも目立つ部分なので、首や体型にあったカット、布目使い、そしてアイロンのあつかいや縫製にもとくに念入りな注意が必要である。もちろん布の厚さやカラーの形によってデザインから縫製、芯の選択にいたるまで、服の中でもとくにゆきとどいた神経が要求されるところである。

でも、どんなに素敵な形の襟や襟周りをアクセサリーなどで飾っても、お手入れがきちんとされていない襟ですと、せっかくのオシャレも台無しになってしまいます。素敵なワイシャツでも首の隙間から汚れが見えたら、とても残念な気持ちになりますよね。

「新・田中千代服飾事典」に、「カラーの仕立ては、とくに服としてもっとも目立つ部分なので、首や体型にあったカット、布目使い、そしてアイロンのあつかいや縫製にもとくに念入りな注意が必要である。もちろん布の厚さやカラーの形によってデザインから縫製、芯の選択にいたるまで、服の中でもとくにゆきとどいた神経が要求されるところである」とあるように、襟は思っていたよりもファッションにとって重要な部分のようです。

洗濯があまりできない時代にデタッチャブル・カラーが登場した経緯は「えり(4)」でも触れましたが、現代でも襟の内側に、取り外し可能な「襟カラー(襟布)」など汚れを防ぐアイテムが活用されています。(「えり(6)」参照)

また洗濯はできても、アイロンによるプレスはなかなか至難の業です。やわらかな生地はよいのですが、ワイシャツなど硬い襟や綿や麻など自然素材100%の襟のアイロンって、本当に難しいですよね。私はいくつもの襟をダメにしてしまった経験があるので、そういったシャツは必ずクリーニング店に出すようにしています。

また、「カラー・ステイ」と呼ばれる、シャツの襟の形が崩れないようにするため、襟裏に入れる樹脂や金属製の芯もあります。「カラー・キーパー」「カラー・ボーン」「カラー・サポート」などとも呼ばれています。
襟先だけに入れるタイプが代表的ですが、首の後ろまでつながったものなど形状にはヴァリエーションがあるようです。

思いの外ネタが多く、9回にも渡ってしまった「えり」のお話、いかがでしたでしょうか。

私も様ざまな「えり」をご紹介しながら、「えり」はファッションにおいて重要な存在なのだとあらためて思いました。明日からのコーディネート、少し襟や襟周りを意識して服選びをしたいと思います。
皆さんも素敵な襟を選んで、秋の街にお出かけくださいね。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

写真はイメ―ジです。