ファッション豆知識

レース(8)

前回はイギリスのニードルポイント・レースについてお話しましたが、先日、そのイギリスの女王、エリザベス2世が崩御されました。
遠く離れたこの日本でも連日、ニュースや追悼番組や記事などが続いており、あらためてこの威厳と品格を備え、そして何よりもチャーミングな女王に対する世界中からの哀悼の意を感じます。

英国史において最も長く在位した女王は、ファッション界でも最も注目されるファッション・アイコンとして君臨し続けた女性でもあります。
カラフルなワンカラー・コーディネートのイメージがある方が多いかと思いますが、そのファッション・ヒストリーをあらためてながめると、この女王が保守的なロイヤル・ファッションにとどまらない革新的なアイディアの持ち主だったことがわかります。「」の回でもお話ししたFULTON(フルトン)のBirdcage(バードケージ)のビニール傘を愛用したという話。欧米における傘の意味合いからして、その選択と行動は革新的でした。
また、イベントごとに変わる胸のブローチの意味に、多くの人が翻弄させられました。
彼女のファッションはすべて、「女王エリザベス2世」としての力強いメッセージだったような気がします。

崩御の際に宮殿に現れた大きな虹が、カラフルな服に身を包む女王を想起させ、彼女のための天国への架け橋のようで驚きました。あらためて、この偉大な女王が安らかな眠りにつかれますよう、お祈りいたします。

さて、お話をレースに戻しましょう。
前回までニードルポイント・レースをご紹介してきたところで、あらためてレースの分類を確認したいと思います。
手工(ハンドメイド)レースをざっくり技法で分類すると、下記の3つになりましたね。(「レース(2)」参照)

  • 針でステッチを施すもの
  • 針や道具を使って編むもの
  • 織りの技法を使うもの

「針でステッチを施すもの」は、レティセラに代表されるエンブロイダリー・レース(刺繍レース)で、そこからニードル(ポイント)・レースが誕生しました。

「針や道具を使って編むもの」は、前回アイルランドのレースで触れたクロッシェ・レースのようなかぎ針編みレースなどがありますが、編んだり、結んだりして作られるレースは、日本では「レース」の一種として認識されますが、欧米では「レース」と名前が付いていても「レース」の本流とは区別されているようです。こちらはまた後ほどお話したいと思います。

「織りの技法を使うもの」は、以前にも名前は何度か登場したかと思いますが、これからお話する「ボビン・レース(Bobbin lace)」です。
欧米で一般的にハンドメイド・レースと認識されているのは、針を使うニードル・レースとこの織りの技法を使うボビン・レースの2つです。
ボビン・レースもニードル・レースと同様、中世ヨーロッパではその美しさと貴重さで「糸の宝石」と呼ばれ、各国の貴人たちに熱望されました。

ボビン・レースは、その名が示す通り、ボビンに巻いたままの糸を交差させて織り上げていくレースです。

「ピロー(Pillow:英)」と呼ばれるクッションや枕状のものを土台にし、その上に図案が書かれた紙を置き、模様のポイントとなる箇所にピンを刺しながら、そのピンを支点として数十~数百本のボビンを交差させ、紙の上で糸を組んだり、撚ったり、結ぶなどして模様を作っていきます。そのため、「ピロー・レース(Pillow lace:英)」とも呼ばれます。

このピローがしっかりしていないとピンがぐらついてしまうので、中身は伝統的に藁(わら)が使われていましたが、現在ではポリスチレン(発泡スチロール)が一般的に使われています。

地域やレースの種類によってピローの大きさや形、使い方は様ざまで、例えば、ウェディング・ヴェールなどに使われる大きいレースを作る場合は、大きなピローを使います。
よく使われるのは、平らな「フラット・ピロー」と円筒状の「ロール・ピロー」の2種です。

フラット・ピローは円形のクッション型であることからクッションを意味する「クッサン(Coussin:仏)」とも呼ばれます。
ちなみに「ロール・ピロー」ですが、この呼び方はどうやら日本独自のもののようで、本来は円筒型のため「シリンドリカル・ピロー(Cylindrical pillow :英)」または円筒型の補助枕を指す「ボルスター(Bolster :英)」と呼ばれています。けれども、日本ではこの形のものを「ロール・ピロー」というのが一般的なようですので、ここでは「ロール・ピロー」とします。

フラット・ピローは、レースする人の膝の上に置いて使います。織っている部分がピローの端まできたら、ピローの中心にレースを移動させて、そこから再び織り続けます。円の面積を活かして、模様を広げて織ることができます。
織っている最中のレースの移動が多少面倒ですが、すべての種類のレースを織ることができるので、ロール・ピローよりも汎用性が高いでしょう。

ロール・ピローは、底が平らでないため、ピロー・スタンド(Pillow stand)と呼ばれる台の上に乗せて使用します。織りの進みに合わせて回転させながら使うので、一定方向に織るレースであれば、フラット・ピローのようにレースを移動する手間がかからなく、テープ状のレースなどを作るのに向いています。
もともと布の袋に藁(わら)を詰めただけのもので、フラット・ピローよりも安く簡単に作れたためか、ベッドフォードシャー・レース(Bedfordshire lace)など多くの地域のレース作りで使われています。

英語の文献を読むと、この2つのタイプのピローの良さを実現させるべく、「Cylindrical pillow /Bolster 」と「Flat pillow」を組み合わせて開発されたのが、「Roller pillow(ローラー・ピロー)」と呼ばれるもののようです。
このローラー・ピローは、フラット・ピローの上で模様を広げ、ローラーで長いレースも巻き取りながら織ることができます。
そのため太い帯状のレースや大型のレースが作りやすくなったと思われます。

「ブロック・ピロー(Block pillow)」と呼ばれるフラット・ピローをいくつかのパーツに分けたようなものもあります。これだと必要に応じて部分的に模様の向きを変えたり、外したりできて作業しやすく、また、痛んだブロックのみを移動させたり交換できるので、便利です。
その他最近は、ポリスチレン(発泡スチロール)で作られたドーム型の「クッキー・ピロー(Cookie pillow)」と呼ばれる安価なものも出てきましたし、作る人や作るレースに合わせて使いやすものがたくさん登場しています。

ボビンは、伝統的に木や骨で作られており、ボビンもピローと同様、地域やレースの種類によって様ざまな形があるそうです。
ボビンは、糸を巻く「ネック(Neck)」と呼ばれる部分と、糸がほどけないように固定する「ヘッド(Head)」、そして「シャンク(Shank)」と呼ばれる持ち手の部分でできています。
ボビンの形は、ピロー以上に千差万別。それこそレースの種類ごとにあるくらいのヴァリエーションの多さです。

糸は、伝統的にはおもにリネンやコットンが使用されましたが、シルク、ウール、ゴールドやシルバーなどの貴金属系の糸も使用されました。
現在では素材はより様ざまで、天然繊維や合成繊維、針金などのフィラメントで作られるものもあります。
ちょっとびっくりなのは、 人毛で作られたものもあるそうで、これは亡くなった方を偲ぶなど個人のメモリアルな記念品として人気があったとか。

ボビン・レースは、針と糸で作るニードル・レースに比べて、愛好家でない限りなかなかその道具を使って作る様子が思い浮かびにくいかと思い、道具とその使い方について少し詳細にお話しましたが、いかがでしたでしょうか?
次回は、ボビン・レースの起源と発展の歴史をたどってみたいと思います。

まだまだ気温は高いものの、すっかり空や風は秋の様相ですね。
季節の変わり目は体調も崩しやすいもの。部屋で夏の疲れを癒しながら、秋のファッションの準備を始めましょう。もちろん、レース・アイテムは今年の秋も注目されていますので、ぜひ、ワードローブに入れてくださいね。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

写真はイメ―ジです。