ファッション豆知識

色(7)

この「色」のお話を始めた時は、ちょうど春が到来した頃でしたが、気づけばもう夏が目の前ですね!
外の景色の色やショーウィンドウ、街を歩く人のファッションの色合いからも、季節の移ろいを感じます。

はじめの「色(1)」で、色には「あたたかさ」や「冷たさ」、「激しさ」や「穏やかさ」などといった心理的、生理的な作用がある、というお話をしました。
一般的に暖色系は「あたたかさ」、寒色系は「冷たさ」をイメージさせるので、これからの季節は寒色系のものが世の中に増えてくるでしょう。

家にいる時間も多い今、暑い夏に向けて青などの寒色系を基調としたインテリアに模様替えすると、流れる風も少しひんやりと感じ、気分転換にもなりますね。

実際そういった「色」のイメージが人間の精神や身体に影響を与えることがあります。

例えば「青」や「緑」は人の副交感神経に作用して気持ちを落ち着かせるという「鎮静効果」があるとも言われており、従来は「白」だった手術室や手術着も、医師の緊張緩和のために「緑」が使われるようになりました。ただ、「緑」になった理由は緊張緩和だけでなく、医師が赤い血液や内臓をずっと見つめていると、視線を外した時に白衣や白い壁に「赤」の「補色」である「緑」の残像が残ってしまう「補色残像効果」とよばれる視覚効果を防ぐためなのだそう。

また、自殺の名所だったロンドンのテムズ川にかかるブラックフライアーズ橋は、以前はその名の通り真っ黒でしたが、リラックス作用のある「緑」に塗り替えると自殺者が3分の1に減少したそうです。
ちなみに、少し前に同じイギリスのグラスゴー市の例が取り上げられたことにより「犯罪を軽減する効果がある」と話題となり、日本でも多く設置された「青色防犯灯」ですが、実はその効果に関しては科学的根拠は定かではないそうです。
でも、電灯の色を変えることで、気分が変わることはありますよね。私も部屋の灯りは、蛍光灯よりも暖色系の方が良い気分で過ごせる気がします。

こんな話もあります。イギリスのある工場では、従業員の病欠があまりにも増えたため調べてみると、洗面所の鏡に映る従業員の顔色が悪く、皆自分が病気だと思い実際に具合も悪くなったことがわかりました。そこで、洗面所の電灯を青白いものから明るい暖色系のものに変えたら、病欠する人が減ったそうです。

また、暖色系の色は「女性」、寒色系は「男性」といった社会通年的なイメージもありますよね。実際科学的調査でも、そのような結果が出ているそうです。

特にピンク系は女性の色気をイメージさせますし、実際多くの女性に好まれている色だと思います。興味深いことに、ピンクは「若返りの色」とも呼ばれていて、実際にピンクを見ることによって女性ホルモンが活性化されるとか。
また、ピンクには「幸福感」が感じられるからか、先の「青」や「緑」の「鎮静効果」のように「精神安定」の効果もあるようで、アメリカの刑務所で行われた実験では、暴力的な人や情緒不安定な人にオレンジがかったピンクを見せたら、血圧や脈拍が穏やかになったそうです。

その他食べ物のショーケースも電灯色によって売り上げが変わるため、いろいろ考えられているのだそうですよ。

「色」が私たちにもたらすイメージは人さまざまですが、特に西欧化した社会ではおおまかな傾向のものはあるようで、例えばある調査では、「青」からは「平和」「調和」「知性・知識」「静けさ」「寒さ」「悲しみ」「無限」「想像力」などがイメージされることが示されたそうです。

色単体ではなく組み合わせによって引き起こされる色の心理的効果もあり、目立たせたい時は「補色」を合わせる、といった手法について「色(1)」でお話ししましたね。
グラフィックやファッションのデザイナーは色の知識を身に付けて、このような色のもつ心理的作用や視覚効果を活用して、目的を達成するデザインをしています。

そんな色の持つイメージや効果を最大限に考えてデザインされているものといえば、「国旗」ではないかと思います。
現在、世界には約200もの国がありますが、それぞれの国の国旗に使われる色は、その国の歴史や思想、環境などを象徴する色が使われています。

メインカラーで最も多いのは「赤」で、その次に「青」と「緑」が続き、「白」と「黄」、そして「黒」なのだそう。
順番は違いますが、前回お話ししたBrent Berlin(ブレント・バーリン)とPaul Kay(ポール・ケイ)の基本色と重なりますね。国旗は、自国の人というより他国の人が識別することが目的ですから、どんな民族や文化でも識別しやすい色が使われているのだと思います。

また、注目されやすいように目立つ色を使い、明快なコントラストをつけた配色のデザインが多いようです。
それゆえ、「紫」や「橙」などの中間色が使われることは少ないそうで、例えばオランダの国旗は、もとは「橙」「白」「青」の3色でしたが、「橙」が海上で見えにくい、または色あせるということで現在の「赤」に変更されたようです。とはいえ、「橙」は建国の父であるオレンジ公ウィレム1世由来の色なので、今でもサッカーのオランダ代表のユニフォームなどに残っていて、先のFIFAワールドカップのブラジル大会でも印象的でした。

「赤」を国旗に使用している国は一番多くあるということですが、その意味するところは国それぞれだったりします。
日本の「日の丸」の「赤」は「太陽(朝日)」を象徴していますが、「太極旗」ともいわれる韓国の国旗の「赤」は、陰陽思想の「陽」を表しています(対の「陰」は「青」)。同じアジアでも、中国、北朝鮮、ベトナム、カンボジアなどの「赤」は、「共産主義」や「革命」「勝利」を表しているのだとか。また、インドネシアやフィリピンの「赤」は、独立戦争における「勇気」の象徴だそうです。
アジアだけでなくスペインなどヨーロッパの国も含めて多くの国が、独立や革命などの戦争によって流された兵士や犠牲となった国民の「血」や「勇気」「愛国心」などを「赤」で意味しており、そのような犠牲を出した悲劇を忘れることなく、平和を願う気持ちがうかがわれます。

次に多いのは「青」です。
「青」については「色(3)」でも触れたように、特に西洋社会では「高貴な色」と尊重されてきましたし、世界全般的に老若男女問わず「好まれる色」だという研究結果もあるので、使用する国が多いようです。
「青」は、「海」「空」などの自然や、「自由」「正義」「名誉」「純潔」を象徴しています。
一般的に「平和・調和」のイメージがあるため、国連や欧州連合の旗の色としても選ばれています。

「緑」も「青」と同様、「平和」「調和」「自由」などの象徴で使用されますが、やはり色のイメージとして「自然」や「緑豊かな国土」の意味を持つことが多いようです。

「白」は「色(3)」でも触れたように、特に西洋社会では「青」と同様「高貴な色」と尊重され、「純潔」「正義」「平和」「自由」などを表しています。

「黄」は「色(2)」でお話ししたように、中国など特に儒教の影響のあるアジアでは「高貴な色」とされていましたが、「太陽」「光」「輝き」を象徴するので、好んで使われるようです。また、「豊かさ」「寛容」「自由」という意味もあります。
サッカーの代表チームが「カナリア軍団」と呼ばれるブラジルの国旗の「黄」は、「カナリア」ではなく「金」をイメージさせる「鉱物資源」という意味なのだそう。
また、「ヒンドゥー教」を象徴する色として、ヒンドゥー教国で多用される傾向があります。

「黒」は「植民地時代の暗黒」や「過去の圧政」、そして「国民の強さ」を表すことが多く、アラブ諸国やアフリカに多く見られます。

国旗は複数の色の組み合わせでデザインされています。以前は単色のものもあり、例えばリビアが「緑」一色、モロッコが「赤」一色だったようですが、いずれも1970年代に変更されています。
余談ですが、「国旗の変更」というと驚く人もいるかと思いますが、実は国旗の変更は思ったよりも頻繁に行われていて、この半世紀でも20か国以上の国が国旗を変更しています。主な理由は政権が変わったり、属州の増減などです。例えば「星条旗」でお馴染みのアメリカ国旗も、実は27回も変更しているのだそう!

複数の色を使用する場合、「3色旗(トリコロール)」を採用する国が多いようです。中でも「赤」「青」「白」の組み合わせは、フランスをはじめとして多くの国で見られます。
フランス国旗の3色が「青は自由、白は平等、赤は博愛を表す」というのは俗説のようだ、と「ストライプ」の回でも少し触れましたが、この有名なトリコロールはフランス革命軍の帽章がもとになっており、パリ市民の「赤」「青」にブルボン王朝の象徴である白百合の「白」を合わせ、「国王と市民の和解」を表している、という説もあるそうです。
このフランス国旗は「革命」の象徴として、その後独立していく多くの国の国旗に影響を与えましたが、そのフランスに影響を与えたのが、先にスペインから独立したオランダでした。つまりオランダが3色旗の起源というわけです。それを真似した国が多かったため、ヨーロッパに限らず多くの国の国旗がトリコロールなのです。

イタリアの国旗は「緑」「白」「赤」のイタリアン・トリコロールで、それぞれ「国土」、「正義」、「愛国心」を表していますが、イタリアの代表的なピッツァ「ピッツァ・マルガリータ」は、それぞれの色を「バジル」「モッツァレアチーズ」「トマト」で表しているんですよ。

アジアでもトリコロールはよく見られ、タイの「赤」は「国家」、「白」はもとは白い象で「仏教」、「青」は「王室」を表しているそうです。

また、トリコロールではなく4色ですが、イスラム教諸国には「イスラム・アラブ(汎アラブ)色」というものがあり、多くのイスラム教諸国の国旗は「赤」「黒」「白」「緑」を基調としています。

このように色がどのような意味を持つのかは文化によって異なりますが、国旗で使われる色は、それぞれの国の「強い思い」を表現していると言えるでしょう。
全体的に見ると、独立や革命などの戦争で勝ち取った「自由」や「平和」を尊ぶ意志が感じられる国旗が多いですね。それだけ「自由」や「平和」は「全世界の願い」であるといえるでしょう。
国旗の色を調べるだけでも、その国や文化のたどってきた歴史も垣間見え、大変興味深いです。

ちなみに、「色」を表す言葉が国名になった国もあります。「ブラジル」です。
「ブラジル」の由来は、染料として使われ、ポルトガル語で「赤い木」を意味する「パウ・ブラジル」という樹木なのだそう。
中世ヨーロッパでは、12世紀以降「青」にその地位を追われてしまうまで権威や名誉の色として「赤」が好まれたため、ポルトガルへ輸出が盛んになり、16世紀中頃には、この地は「ブラジル」と呼ばれるようになっていたそうです。

また、アメリカのコロラド川の「コロラド」も、この川が赤味を帯びていたことから、スペイン語で「赤」という意味の名を、スペインの探検家によって付けられたと言われています。

実は私たちの国日本も「色」の名がついた地名は多いですよね。東京だけでも「青山」「赤坂」「目黒」「銀座」・・・とたくさん思いつきます。
そんな視点で眺めると、見慣れた街もカラフルに見えてきませんか?

色のお話は、科学、歴史学、言語学、文化人類学などの学術的な視点で興味深いものが多く、気づけばこんなに長い連載になってしまいました。
次回はいよいよ「色」の最終回。ファッションの視点からお話をしたいと思います。お楽しみに。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

写真はイメ―ジです。