ファッション豆知識

色(6)

前回、色の見え方、認識は「文明や文化、時代によって異なる」というお話をしました。

でも、その多様な色認識の中にも一定の法則性があり、どの文明や文化も、初めに明暗を表す「白」と「黒」があり、次に血を表す「赤」が登場するところまではだいたい同じですが、その後「緑」や「黄」「青」などの認識については、文明や文化の環境などが影響し、認識されたりされなかったりと多様でした。

これは1969年にアメリカの文化人類学者のBrent Berlin(ブレント・バーリン)と言語学者のPaul Kay(ポール・ケイ)によって発表された「Basic Color Terms: Their Universality and Evolution(基本の色彩語:普遍性と進化について)」
という研究で、「人間には言語を超えた焦点色の観念と基本的な色彩カテゴリーがあり、色彩を表す語には共通の進化パターンが存在する」ことを論証した画期的研究でした。

「画期的」というのは、この説が1960年代の「通説」を覆すものだったからです。
当時の「通説」というのは、「人間の思考は使用する言語に影響を受ける」とする1960年代に文化人類学や言語学のみならず、哲学なども含めた広い学問の世界で一世を風靡した「言語相対説」という考えです。

「言語相対説」は、アメリカの言語学者であるEdward Sapir(エドワード・サピア)とBenjamin Lee Whorf(ベンジャミン・リー・ウォーフ)が唱えた「言語がその人の考え方に影響する」という仮説です。
つまり、「異なる言語を話す文化によって、色の見え方が違う」というわけです。

アメリカのマサチューセッツ工科大学の研究チームが、「水色」と「濃紺」が英語では「light blue」と「dark blue」と、「青」の濃淡で色名が表されているのに対して、ロシア語はそれぞれ「goluboy」、「siniy」とまったく異なる色名で呼ばれていることに着目し、ロシア語話者と英語話者で実験を行なったところ、ロシア語話者は、英語話者よりも「水色」と「濃紺」の識別が10%早かったそうです。
どうも「色名(言語)」によって色の「見え方(思考)」、つまり「色認識」が異なるようです。

またこんな例もあります。雪に囲まれて暮らすイヌイットの言葉では「雪」を表す色名が50もあるそうです。つまりそれだけ細かく雪の色を見分けることができるということですね。イヌイットの人たちにとって、雪の色の違いを見分けることが、彼らの生活の中で重要なことなのかもしれません。
こちらは、「色認識(思考)の方に合わせて色名(言語)ができた」とも言えるでしょう。

このイヌイットやロシア話者の例からも、「色名」と「色の認識」には相関関係があることが考えられるのです。
色に限らず、様々な面で「言語の違いが認知に影響する」という研究結果が多数出ているそうですが、確かに人は何かを考える時に「言葉」で考えるので、「思考」が「言葉」の影響を受けることはあるように思いますし、「思考」に合わせて相当する「言葉」が生まれることもあるでしょう。

この「言語相対説」がブレント・バーリンとポール・ケイの研究によって覆された、と先述しましたが、まったく否定されたわけではなく、研究が進んだことにより「色名(言語)が色認識(思考)に影響を与え、色の見え方は多様であるものの、その中には一定の法則性も見出せる」というように、新しい事実が付加された、という表現の方が理解しやすいかもしれません。

さて、人の「色認識」に影響を与える「色名」ですが、「色(1)」でも少しお話したように、「赤」や「青」、「橙」や「黄緑」などといった「分類色名」と「小豆(あずき)色」「栗色」「若葉色」などのような動植物や染料などの名称から名付けられた「固有(慣用)色名」があります。
いずれも個人の感覚的な要素が多いため、正確に人に伝えたい場合は、「マンセル表色系」に代表される「表色系(顕色系)」と呼ばれるカラー・オーダー・システムを活用しますが、普段私たちが日常的に使う「色名」は、「分類色名」か「固有色名(慣用色名)」です。

それぞれの「分類色名」が意味する色(の範囲)は、一定の共通性はあるものの民族や文化によって様々でしたよね。

そして「固有色名」は、より細かいシチュエーションごとに生まれています。先に「雪の色」を表す色名を50以上持つイヌイットの例をご紹介しましたが、私たち日本人も、例えば「新緑」の類でも「若草色」「若葉色」「若竹色」などと微妙な色合いごとに名前をつけて区別してきました。

もともと固有色名はその多くが、日本に限らず自然のものからつけられていますが、それは人間の色認識が、自然の色を見分けることから始まっていることを再認識させます。

しきめい色名

色の名前、名称のことで、赤、緑、黄あるいは栗(くり)色、ばら色などの色をあらわす名称を色名という。色のよび名はひじょうに多く、絵画、服飾、商業、工業などの各種デザイン、印刷、繊維、染色、塗料等々、各分野において用いられる色名の種類は、おびただしい数にのぼり、そのほかにもわが国古来からのよび名や時代とともに新しくつくられるものなどがあり、これらの色名が任意に用いられた場合、色の正しい表示を期することはたいへん困難である。今日のようにあらゆる分野で色の重要性が説かれているおりから、これらの色を正確に表示するための様々な方法が研究されている。色の表示の方法としては、数字によるものと色名(色の名前)によるものとの2通りがあり、さらに前者は整理された色票記号を用いる場合と測色用科学機械の使用によってえられる物理的数値を用いる場合とにわけられる。これらの中で有名なものには、色票を組織的に配列して表示記号をつけたマンセル(A.H.Munsell)の表色系や、CIE(国際照明委員会)が1931年に定めた自動分光光度計による測定値をもとにしたCIE標準表色系などがある。一方色名による表示法には、固有色名法と分類色名法との2種類があり、前者はとき色、あずき色などのように自然物の名前や固有の名前をそのまま色につけたもので、色の表示に用いる場合には最も混乱をきたしやすく、したがって信頼できる標準色辞典や色名帳により正しい色相を確かめるべきである。分類色名に関しては色名数200種を集め、色相ごとに色紙をはり説明を加えマンセル記号をつけた色彩事典(教文社発行)がある。分類色名法とは、基本になる何種かの色名を定め、赤、黄などの最も一般的な色相名をつけ、さらに明度、彩度をあらわす暗い、にぶいなどの修飾語をつけてよぶ方式で、工業製品の色を表示するために、JIS(日本工業規格)が定めたJIS色名はこれにあたる。また日本色彩研究所では分類色名、220種をカードで整理した色名帳を発行している。こうした色の表示方法は個人の才能や感覚差によって左右されることなく、色票や数字の取扱いを心得ることによって誰でも正確に色を表示、伝達できるためのものであるが、日常生活一般においては分類色名と固有色名の両者を適当に用いて色を表現することが行われている。そのほかシーズンごとに新しくつけられる流行色名がある。たとえば茶系統の色彩が流行しているときには、その色に似た洋酒の名前を色名としたり、そのシーズンのトピック・ニュース(たとえばオリンピック開催地名)と結びつけたりして、新鮮な印象をあたえようとするもので、そのほとんどが一時的なものである。

日本の伝統色独特の和名は、美しい自然や四季の情景を映し出しており、とても風流です。
そしてその数は、いまや私たち現代人は知らない色名もたくさんあるほど、細かく区分されています。

「桜色」「小豆(あずき)色」「黄金(こがね)色」などはまだ使われているので馴染みかと思いますが、「萌黄(もえぎ)色」や「茄子紺(なすこん)」「真朱(まそお)」などは普段の会話では出なさそうですね。
「縹(はなだ)色」や「鶸(ひわ)色」にいたっては、知らないどころか読めない人がほとんどでしょう。

伝統色の和名には、日本古来の文化風習も感じられるものもあります。
例えば、「甕覗色(かめのぞきいろ)」は、藍甕にちょっと浸けて薄く染まった藍染の色を示す色名です。白い布が藍に染まり白でなくなるため、「白殺し」とも呼ばれているそうです。または藍瓶に映る空の色、という説もあります。
面白いのはこの色、古典落語「紺屋高尾(こうやたかお)」で、藍染職人の一途な愛に心動かされ嫁いできた吉原No.1の花魁(おいらん)・高尾が藍甕にまたがって藍染をする際、客が争って甕を覗き込んだことから「甕覗色」になったという説もあるそうです。

では、同じく古典落語の「花色木綿」で知られる「花色」とは、どんな色だと思いますか?
花というと、「赤」や「ピンク」などの華やかな色を思い浮かべますが、なんと「花」とは「ツユクサ」のことで、強い「青」なのだそう。

日本の伝統色は、色自体も素敵な色が多く、着物人気に相まってその色コーディネートのセンスが、昨今海外からも注目を集めています。
これを機会に一度、日本の伝統色について調べてみるのも面白いと思いますよ。

長い長い「色」のお話、まだまだ皆さんにお伝えしたい話題があります。
もう少しおつきあいくださいね。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

写真はイメ―ジです。