ファッション豆知識

Tシャツ

「夏に1番活躍するファッションアイテム」、といったらやはり「Tシャツ」でしょうか。

1枚だけで充分トップスとして形になりますし、なんといってもその着易さ、扱い易さは、他のアイテムの追従を許さないほどでしょう。
そのため、夏だけではなく1年を通して老若男女に愛用されている「定番の中の定番」とも言える日常着ですね。

そんな「誰もが一枚は持っている」と言っても過言ではないTシャツ。
もちろんその名前は、広げると「T」の字になることが由来です。
「T」がアルファベットの20番目の文字であり、また、「海の日」にはTシャツがふさわしい、ということで、愛知県のファッションメーカーが7月20日を、よりTシャツを楽しんでもらう目的から、「Tシャツの日」に制定したそうです。
(ただし東京オリンピック開催予定だった今年は、「海の日」は7月23日に変更されています)

ティーシャツT-shirt

衿なしで、衿あきにくりがなく、左肩から右肩にかけて一直線に切ったような形のシャツをさす。ウールや綿ジャージーなどの厚地でつくられたものは、スポーツ・シャツとして、またタオルや綿メリヤス地などでつくられたものは肌着として用いられる。手をひろげたときの形がTの字に似ているところからきたよび名といわれる。

解説:「新・田中千代服飾事典」より

Tシャツはあまりにも定番過ぎるアイテムで、形もトップスの原型ともいえるシンプルさなので、その歴史についてはあまり知られていないところでしょう。

Tシャツの起源はそんなに古くはありません。
Tシャツは今でも男性の「下着(アンダーウェア)」として着用されていますが、元々、1枚で着るファッションアイテムではなく「下着」でした。
ヨーロッパの水兵が着始めた綿素材の下着が起源、など諸説ありますが、「Tシャツ」といえば「アメリカ」のイメージのため、アメリカを発祥地とする説が有力のようです。

そのアメリカの中でも2つの流れがあるようです。
下着ブランドの「ヘインズ(Hanes)」が中心となった流れと、スポーツウェアブランドの「チャンピオン(Champion)」が中心となった流れです。

19世紀後半のアメリカでは、伸縮性のない平織り綿を使用した上下繋がったジャンプスーツ型の下着が主流でした。当時の下着を、鉱夫や港湾労働者などの野外労働者が暑い時期の作業時に、半分に切って暑さに対応していたことがTシャツの起源と言われています。とはいえ、当時はまだボタンが付いていたりして、今のようなTシャツの形ではありませんでした。
「ヘインズ」は、「ユニオン・スーツ」というワンピース型の下着で名を馳せた紳士用下着ブランドです。その後その下着に伸縮性を持たせたり、軽量化したり、丈の改良をしていき、今のTシャツのようなボタンのないスリップオン型に進化させました。この新しい下着は、農業をはじめとした様々な産業の労働者、特に若者たちに支持されました。

スポーツウェアの分野でも19世紀後半、アイビー・リーグのフットボール選手がトレーニングの際に、動きやすいニットのユニフォームを採用しました。これが「セーターの始まり」と言われています。(詳しくは「セーター」の回をご参照くださいね)
ニット製品の卸販売会社だった「チャンピオン」は、このウール製のセーターを改良し、防寒用下着として「スウェットシャツ」を開発します。動きやすい「スウェットシャツ」は、もちろんスポーツウェアとしても採用されます。ちなみに、日本が初めて参加した1912年のストックホルムオリンピックでは、Tシャツのような運動着を着たアメリカ選手の姿が資料に残されています。

やがてウール製の「スウェットシャツ」は、訓練着としてアメリカ軍に採用されることになりました。
けれどもちょうどこの頃、アメリカ南部は世界でも屈指の綿花生産地となっており、「スウェットシャツ」の素材がウールから、丈夫で肌触りが良く、吸水性の良い綿になっていったことがうかがわれます。というのも、1898年の米西戦争から1913年頃にアメリカ海軍兵に制服とともに支給された下着は、綿素材の半袖、クルーネックの白いシャツで、今のTシャツの原型とも言えるものでした。
また、当時のアメリカ海軍兵の制服は頑丈なウール素材のもので、夏は暑い上に厚さもあるので重く大変不便でした。水兵や海軍兵は作業時に、制服のジャケットを脱いでこの下着だけになることが多くなり、やがてそれが通常になっていきました。

「チャンピオン」はまた、1924年にミシガン大学と提携し、スポーツ部の練習着として大学名が入った「スウェットシャツ」を開発しました。これが大学の生協で販売されると、スポーツ部ではない一般学生にも人気が広まり、カジュアルウェアとして進化していきました。1930年代には多くの大学で、この大学名入りの「スウェットシャツ」が流行し、これが「プリントTシャツの始まり」とも言われています。

一方、「ヘインズ」の尽力で、労働者の下着はどんどん改良されていきました。軽量で動きやすく、汚れてもすぐ洗え、しかも安価な綿製の下着は労働者の間で急速に普及し、1920年代には辞書に「Tシャツ」という言葉が登場し、1930年代の大恐慌時代までには、Tシャツは労働者の作業下着の定番となっていました。

しかし、大学生の間でカジュアルウェア化していると言っても、一般的にはまだまだ「下着」として認知されていたTシャツ。
Tシャツがファッションアイテムになるのは、第二次世界対戦後のことでした。

第二次世界大戦後、帰還兵や退役兵たちが制服の上着を肩にかけ、この下着だったTシャツを露わにして市中を歩きました。鍛えられた肉体もあいまって、そのTシャツスタイルは、当時の男性、特に若者の憧れのスタイルとなりました。

ファッション性の高いアイテムとしてTシャツの位置を決定づけたのは、おそらく1950年代のハリウッド・スターたちでしょう。1951年「欲望という名の電車」でマーロン・ブランドは、Tシャツを下着としてではなくカジュアルウェアとして着こなし、多くの若者が真似をしました。
また、「理由なき反抗」で主演したジェームス・ディーン演じる主人公のジムの、赤いスイングトップに「ヘインズ」の白Tシャツ、そしてブルー・デニムというファッションに世界中の注目が集まり、白いTシャツとブルー・デニム(ジーンズ)は「反骨精神」をも表す若者のキラーアイテムになっていったのです。
そのため多くのロックミュージシャンたちもTシャツを着るようになり、ファングッズとしてバンドTシャツをこぞって販売するようになり、Tシャツブームの勢いはどんどん拡大していきました。

1960年代以降は社会情勢の影響もあり、メッセージ色の強いプリントが施され、Tシャツは発信力を持った「メディア」的な役割も持ち始めます。

そのシンプルな形、万人に受ける着易さ、扱い易さゆえに、Tシャツは単なるファッションアイテムにとどまらず、時には「メディア」に、ある時は「芸術作品」になるなど、「Tシャツ文化」というひとつの文化形態になっていると言えるでしょう。

コーディネートにおいても、クルーネックやVネックなど首まわりのデザインや袖の丈、身幅の微妙なバランスで様々な印象が変わりますね。
最近は単なるカジュアルウェアとしてではなく、高級感のあるフォーマルにも合わせやすい「ドレスTシャツ」なども登場しています。

さぁ、明日のTシャツは、どんなTシャツをどのように着ましょうか。
今年の夏は、あなたの個性を主張するアイテムとして、Tシャツを着こなしてみてくださいね。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

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