ファッション豆知識

真珠

7月11日は「真珠記念日」なのだそうです。
1893年(明治26年)のこの日、御木本幸吉夫妻が初めて半円真珠の養殖に成功したことに由来しているそうです。
(後ほど御木本氏の養殖については、お話ししますね)

でも、「真珠(パール)」というと「6月の誕生石」としてよく知られていますよね。
その石言葉は、「純潔」や「素直」、「富」といったものの他に「健康」「長寿」「清潔」なんてものもあるそうです。まさしく「清潔」や「健康」が重要な今、お守りとしても身に付けたくなりますね。

真珠といえば、フォーマルなシーンの定番ジュエリー。
「冠婚葬祭」すべてのシーンで使える便利さから、「日本人が最も多く持つジュエリー」とも言われているそうです。

そして6月といえば「ジューン・ブライド」。
「純潔」という石言葉を持つ真珠は、その凛とした白色も清楚さや無垢なイメージを想起させるので、花嫁が身に付けるジュエリーとして愛用されてきました。
(合わせてぜひ「ウェディング・ドレス」の回も参照くださいね)

パールのネックレスは切れ目なく円を描くその形から、「縁を結ぶ象徴」としてお祝い事には好んで付けられるようです。

また、母貝の中で長い年月をかけ少しずつ成長していくことから、「安産」のお守りとして贈られることも多いジュエリーです。中には、母親から娘へ何代も受け継がれているものもあるようで、真珠はその美しさに加えて、深い愛情を意味するものとして古くから人びとにとって特別なものとして用いられてきました。

しんじゅ真珠

アコヤガイ、アワビなどの体内で形成される球状、円形の玉。天然と養殖によるものとがある。やわらかく清そな光沢と気品のある美しさは古来より高価な宝石として貴重視されてきた。各国の由緒ある王冠、法衣などにその美しさをみることができる。日本では1893年に御木本幸吉(みきもとこうきち)により養殖がはじめられ、以来日本は世界においてもっとも品質のすぐれた真珠の産地として名高い。

解説:「新・田中千代服飾事典」より

「真珠」の「珠」という字は、「海や河川など水中で産する丸い玉」という意味があります。それらが美しいものが多いことから、美しく立派なものを形容するようになりました。

玉石などのように自然界で「丸い」ということは、長い年月をかけて研磨されている場合が多いので、美しく光るものが多いのでしょう。ゆえに「宝石」として人びとに珍重されました。
ましてや、海の中にある貝を開くと、突如あの不思議な虹色の光を宿した白色の珠が出てくるのですから、初めて真珠に出遭った人はさぞかし驚いたでしょうね。

数ある珠の中でも希少価値のある特別な本物、つまり「真」の「珠」ということなのでしょう。
今では「宝石の王様」の座はダイヤモンドですが、15世紀に宝石の研磨技術が確立されるまでは、真珠が王様でした。真珠は今では「宝石の女王」とも言われているそうです。

真珠はジュエリーのひとつとして扱われていますが、ダイヤモンドやエメラルドのような「鉱石」ではありません。
真珠は母貝の体内で生成される「バイオミネラル(生体鉱物)」で、貝殻と同じ成分です。

炭酸カルシウムが主成分であるため、汗が付いたまま放置もしくは保管すると、汗の塩分と化学反応を起こして真珠特有の光沢が失われてしまいます。使用後はできるだけ早めに柔らかい布で拭くなど、忘れずにお手入れしてくださいね。

そのバイオミネラルを分泌する「外套膜(がいとうまく)」という器官が、貝の体内に偶然に入りこむことで真珠が生まれます。
砂や寄生虫などの異物が貝の体内に侵入する際に、偶然に外套膜が一緒に入り込み、異物を包み込むように袋状になって、真珠を作る「真珠袋」となります。その袋の中でカルシウムの結晶と有機質が交互に重なり真珠層が形成されて、真珠ができるのです。
この層状の構造ゆえに、あの真珠独特の虹色の「オリエント効果」が生じるのだそうです。

貝殻を作る「外套膜」を持つ軟体動物であれば、真珠を生成する可能性があるのですが、この「オリエント効果」のように美しい色を生じさせるのは、有名なアコヤガイなどのほんの一部の貝で、真珠養殖に使われる貝は、世界中に生息する10万種におよぶ貝のうち、ウグイスガイ科とイシガイ科などに属する6種類ほどにすぎないのだそうです。

これら母貝は、いずれも外面は地味で目立たない色ですが、内面には美しい「オリエント効果」の光沢を持っています。アワビの内側、といったらイメージしやすいかもしれませんね。

人類がはじめて出会った宝石は「真珠」だといわれています。

最も早くから海に潜って真珠を集めていた地域はアラビア半島であると言われており、古代メソポタミアの遺跡から真珠が出土しているそうです。また、南インドも真珠の産地でした。

真珠は、エジプトでは紀元前3200年頃から既に知られていたと言われ、クレオパトラが酢に溶かして飲んだという逸話が有名ですが、真偽は定かではありません。
ただ、今でもその希少性から薬としての効能を期待し、服用される例がしばしば見られます。漢方では、装飾品にならないような真珠を粉末にして服用します。解熱や鎮痛などの効果があるそうですよ。

こうしたオリエントの真珠が、アレクサンドロス大王の遠征をきっかけにしたその後の東西交流でヨーロッパに伝わると、ヨーロッパの権力者たちをたちまち虜にしました。
古代ローマ帝国にも、インドとの交易の結果、真珠をはじめとした宝石がもたらされました。
真珠は、数ある宝石の中でも最も希少価値が高いゆえ、各国で「権威の象徴」として珍重されました。

オリエントの真珠の中でも特にインドと日本の真珠が美しい、とマルコ・ポーロが「東方見聞録」の中で報告すると、大航海時代のヨーロッパの強国は次々と、東のオリエントを目指しました。
例えば、東方を目指したスペインのコロンブスは、三回目の航海でベネズエラに到着してしまいましたが、そこで真珠を発見し、ベネズエラは新しい真珠の産地と認識されました。
また、ポルトガルのバスコ・ダ・ガマもインドやセイロン島に到達し、真珠を採取したそうです。

19世紀半ばには、イギリスが世界最大の真珠採集の漁場であるアラビア湾(ペルシャ湾)の制海権を手に入れます。

このように、ヨーロッパの強国がこぞって、世界の真珠をヨーロッパに集めたのです。

マルコ・ポーロが紹介したように、日本は古くから美しい真珠の産地として有名でした。

北海道や岩手県にある縄文時代の遺跡からは、糸を通したとみられる穴が空いた淡水真珠が出土しているそうです。
「魏志倭人伝」にも、邪馬台国が魏に白珠(真珠)を送ったことが記されていますし、「日本書紀」や「古事記」、「万葉集」などの日本の文献にも真珠の記述が見られます。
当時は「たま」「まだま」「しらたま(白玉)」などと呼ばれていました。

真珠は装飾品としてだけでなく、その神々しい美しさと希少性からか、呪術的な意味も持っていました。仏教の七宝に数えられることもあり、寺院跡地からは建立時の地鎮祭に使われた鎮檀具の一つとして真珠が出土することもあるそうです。

「真珠」といっても、様々な種類があります。

「本真珠」という言葉は、現在はアコヤガイの真珠から淡水真珠まで含めた「イミテーションではない真珠」の総称として使われています。

ちなみに「イミテーション・パール」には、最近軽くて人気の「コットン・パール」や、安価で多く流通している「プラスチック・パール」などがあります。普段使いのアクセサリーとして、持っている人も多いのではないでしょうか。その他、より本物に近づけた「貝パール」などがあります。
いずれも人工的な塗装が施されているので、色や艶は当然ながら本物と比べて格段と劣りますが、着色できるのでカラーバリエーションが豊富です。

「本真珠」の中でも「天然真珠」は、天然の真珠貝によって自然に、それも偶然に生成されたものを指します。
偶然の産物のため、1万個ほどの貝から数粒しか見つからないほど。
そのため、古来「月のしずく」「人魚の涙」などとも呼ばれ、「愛の女神ヴィーナス(アフロディテ)が海の泡から誕生した時、その身体から払い落とされた水滴が真珠になった」とか「人魚の涙が真珠になった」などと美しい伝説をいくつも残しています。

「真珠」の美しさは、人びとを虜にします。

しかし、偶然の産物である「天然真珠」はあまりにも数が少なく、また見つけるのも神頼み的に困難なことから、その需要に応えるべく「養殖真珠」の研究が始まります。

「養殖真珠」は、真珠貝に核を人の手で挿入するなどして人工的に作られる真珠で、イミテーションではなく、真珠層の成分と構造は「天然真珠」と同じです。現在、真珠貝を人工的に採苗して母貝にすることが主流ですが、天然の真珠貝を使う場合もあります。

歴史的にみると、「真珠層で覆われたものを人工的に作る」という意味では、真珠の養殖は中国で11世紀頃から行われていたようです。ただし丸い今の形のものではなく、貝付きの半円のものだったようです。面白いのは、仏像などを象った小さな鉛を挿入してできた「仏像真珠」と呼ばれるものがあり、仏具などに使われたそうです。

ヨーロッパでは16世紀後半に顕微鏡が登場すると、真珠の生成について科学的に解明しようという動きが出てきましたが、なかなか養殖技術には至りません。
その後各国の研究者たちが、真珠の生成の仕組みの解明とともに、養殖技術の研究に勤しみます。

そしてこの日本で、画期的な養殖技術が20世紀初頭に生まれます。

というのも、日本は良質な天然真珠が採れるアコヤガイの棲息地を有し、古くから重要な交易品として中国や朝鮮に輸出していました。そのため採取に関しては専売的な規制がかけられていましたが、明治維新以降その規制が緩められて真珠の乱獲が行われ、貝も絶滅寸前まで追い込まれました。
これを憂える人びとの手によって、真珠養殖への道が本格的にスタートしたのです。

そのうちのひとりが、今や世界的な真珠ブランド「ミキモト」の創始者、伊勢志摩出身の商人、御木本幸吉でした。
御木本は1893年(明治26年)、苦難の末、「半円真珠」の養殖に成功します。

また、1907年(明治40年)、西川藤吉という研究者と見瀬辰平という2人の人物が、同時期に「球体に削った核を、アコヤガイの体内に外套膜と一緒に挿入し、真珠層を形成させる」という「真円真珠」の技術を開発し、特許を獲得します。
この特許技術は、「西川式」または「ピース式」と呼ばれ、日本国外では「Mise-Nishikawa Method」として知られているそうです。
彼らの技術を元に、御木本も「真円真珠」の養殖に成功し、今日の真珠養殖業の発展へとつながりました。ちなみに、西川の妻は御木本幸吉の次女だったそうです。

養殖技術の発達のおかげで、現在は様々な地域で様々な母貝を用いた真珠が作られています。
「南洋真珠(白蝶真珠)」、「黒蝶真珠(黒真珠)」、半円の「マベ真珠」、「淡水パール」、「コンクパール」、「メロパール」など、その色や形に特徴があり、それぞれに違う美しさがあります。

これらの真珠を上手くコーディネートすると、真珠はフォーマルな定番ジュエリーではなく、普段着のオシャレ度を上げるアクセントになります。
ブルージーンズにパール・ネックレスを合わせると、上品な大人っぽいカジュアルになります。また、カジュアルなセーターに上質の真珠のイヤリング、なんてコーディネートは充分オシャレ上級者です。

また、最近はスーツのネクタイと合わせて真珠のアクセサリーをコーディネートするような、男性向けの提案も見かけます。

でもやっぱり、白い真円の天然真珠は、女性の憧れのジュエリー。
いつか手にするその時のために、今から自分自身も磨いておきたいものですね。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

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