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ファッション豆知識

針(1)

先日インターネット上で、「『ほころびを繕(つくろ)う』とはどんな意味ですか?」という質問を目にしました。

ファッション好きのみなさんなら、「衣服のほどけた縫い目や破れた部分を補修すること」という意味をご存知でしょう。
そこから転じて、「具合、調子が悪くなった部分を直すこと」や「悪くなった部分をカバーして体裁、見た目を整えること」という意味もあり、「友情のほころびを繕う」「信頼のほころびを繕う」など日常やビジネスの会話でも時々耳にします。

本来の衣服を補修する「ほころびを繕う」際に必要なのは「針と糸」ですが、ファストファッションが主流となり、半ば消費的に衣服を着ている昨今、この「針と糸でほころびを繕う」といったようなことは、しないでも済んでしまいますよね。ほころんだり、破れたりしたら、新しいものに取り換えればよいのですから。ゆえに今は、針と糸を使ったお裁縫ができない人も意外に多いのかもしれません。

「針」は全般的には先端が尖っている細長い金属で、刺すことによって止めたり、または糸などを通して布などを縫合したりします。

布などを縫合する「縫い針」は、反対側の端に糸を通すための「針穴」と呼ばれる小さな穴が開いていて、尖っている方を布などに突き通し、一緒に糸を通して縫合します。ちなみに、ミシン針は尖っている先端に穴があります。

糸を通す穴がなく、縫い合わせる布同士を一時的に止める場合などに使われる「待ち針」のような針もあります。布を通り抜けさせる必要がないので、安全のために穴の代わりに飾りが付いているものが多いです。

大きく分けると、針はこの穴の有る、無いタイプの2種に分けられますが、実はその用途で様々な機能を持ち、分化しています。
きぬ針、つむぎ針、もめん針、洋裁針(メリケン針)、待ち針、特殊針、人形針、布団針、せきとじ針、刺繍針、キルト・パッチワーク針、ビーズ針、毛糸針・・・など。
待ち針も和裁用と洋裁用がありますし、刺繍針も「フランス刺繍」「刺し子」のようにそれぞれの刺繍法別に種類があるので、その種類はとても書ききれないくらいです。

患部に挿して凝りなどの治療に使われるものは、「鍼(はり)」という字を書きます。
レコード針なんていうものもありますが、今ではめったに見られないかもしれませんね。
その他、入れ墨を彫る刺青針、探針、釣り針など、裁縫以外の用途でもそれぞれに合った針があります。

はり

針は、通常衣類を縫うのに用いる細長い鋼(はがね)製の線状のものをいい、英語のニードル(needle)に相当する。大きくわけて縫製、刺繍などに用いる針孔のある針と、 布などをたんにとめ合わせたりするための、まち針、とめ針、ピンなどといわれる針孔のない針とにわけられる。 針の歴史は古く、旧石器時代後期には、すでに骨あるいはつの製の、有孔、無孔の針があったことが知られている。無孔のものは縫糸を通す錐(きり)として、あるいは衣服をとめる<とめ針>として用いられ、のちの安全ピン式のものへと発展する。針孔のある針には裁縫用として、和針、メリケン針、ミシン針などがあり、ほかに刺繍針、毛糸針、ビーズ針、あるいはかや針、革針、たたみ針、ふとん針など用途によって特別のものもある。針孔のないものには、まち針、玉ピン、ドレスメーカー・ピンなどがある。

解説:「新・田中千代服飾事典」より

裁縫用具の【針】の項

裁縫用の針は、針孔のあるものとないものとに大別される。前者はおもに布を縫いあわせるのに用い、英語のニードルに相当し、洋裁用のメリケン針、和裁用の和針、ミシン針などがある。後者は布が狂わないようにとめあわせたり、しるしづけに用い、英語のピンに相当し、<まち針><玉ピン><ドレスメーカー・ピン>などがある。ほかに特別な用途に使用する、キルティング・ニードル、ダーニング・ニードルなどがある。

解説:「新・田中千代服飾事典」より

従来、針仕事は日常的な家事として行われていました。
特に着物の時代は、針は大切な道具。
お裁縫を専門とする人は、「お針子さん」と呼ばれていました。

昔は、衣服は貴重なもので今よりもずっと高価でした。
そのため、ほころびが出ては繕うことを重ね、長く大事に衣服を愛用したものです。
細い縫い針は使い込むうちに、折れたり、曲がったり、錆びたりします。
そのような使えなくなった針を供養する「針供養(はりくよう)」という風習が、日本にあるのをご存知でしょうか?

古来日本では、「事始め」の2月8日、または「事納め」の12月8日に、1年間お世話になった道具を片付け、供養する「事八日(ことようか)」という風習があり、「針供養」はその代表的なものです。
「針供養」は、針の労をねぎらい、裁縫上達を祈る行事として、江戸時代に庶民の間に広まりました。

折れた針や古くなった針を、1年間お世話になった感謝の気持ちを込め、柔らかい豆腐やこんにゃくに刺し、川に流したり、神社やお寺に納めたりして、裁縫の上達を願いました。
豆腐やこんにゃくに刺すのは、長い間たくさんの硬い生地に刺されてきた針に対し、最後くらいは柔らかいものに包まれて成仏してほしい、との意味が込められているのだとか。

全国各地の社寺で行われていますが、主に淡島神社(粟島神社)または淡島神を祀る堂(淡島堂・粟島堂)がある寺院で行われています。
東京ですと、浅草寺・淡島堂の「針供養会」が良く知られているかもしれませんね。

「事始め」と「事納め」をどちらの日と考えるかで、12月8日に行う地域と2月8日に行う地域があり、稀に両日行うところもあるそうです。
一般的には2月8日に、西日本では12月8日に行われることが多いようです。(大阪天満宮や加太の淡嶋神社針祭などは2月8日)

この「事八日」の両日は妖怪や厄神が家を訪れると言われ、慎みをもって過ごす日とされてきました。ゆえに、毎日のように行われる針仕事も、この日ばかりは休むべき、と考えられていました。
江戸の町では、妖怪や厄神を追い払うまじないとして、「目籠(めかご=目の粗いカゴ)」をくくりつけた竹竿が町中に立ち並んだそうです。現在でも目籠やニンニクなどを庭先に置くという風習が残っている地域もあるそうです。
また、「事八日」に無病息災を願って、野菜たっぷりの「お事汁(ことしる)」という味噌汁を魔除けとしていただく習慣もあります。

富山県や石川県では、針供養は「針歳暮(はりせいぼ)」とも呼ばれ、お饅頭や大福を食べたり、知人に贈ったりすることが行われているそうです。このお饅頭や大福自体も「針歳暮」と呼ばれています。
その他、各地で針供養は、その土地の風習と密接に結びついて、様々なやり方で継承されているようです。

「針供養」の起源は、中国の「社日(土地神の祭日)に針線(針と糸、針仕事)を止む」という古い慣わしが由来である、という説もありますが、定かではありません。
平安時代の清和天皇によって、皇室の廃針を納める堂が法輪寺に建立されたとされているので、9世紀後半には日本に針供養の風習があったことは確かなようです。
ただし、全国的に広まったのは江戸時代中期以降のことで、「女性を護る」という和歌山の淡島信仰の中に、「裁縫上手」を祈願する針供養の風習があり、その信仰を広める「淡島願人(あわしまがんにん)」を通じて、各地に根付いたと言われています。

現在では、家庭で針仕事を行うことが少なくなり、針供養は「一般の人が毎年行う」といった行事ではなくなりましたが、服飾に関わる分野においては、欠かせない年中行事です。現在でもファッション関係の教育機関や企業では、毎年針供養をするところも多いのではないかと思います。

今年は寺社の行事が中止になることが多い中、針供養は無事に行われたところが多かったようです。
毎年針供養に行く人の話によると、納められた針が刺さった豆腐を見ると、年々和裁の針が減っているのがわかるのだそう。そんなところからも世相がうかがわれるのですね。

次回は、針自体の歴史を遡ってみたいと思います。お楽しみに。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

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