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ファッション豆知識

手袋(2)

前回は「白い手袋」について最後に少し触れましたが、その際に「礼装」を意識した目的があるとお話しました。

「手袋」は「礼装」「正装」の大事なアイテムのひとつです。
そうしたフォーマルな手袋は「ドレスグローブ」と呼ばれています。

現代の日本では、結婚式の際、モーニングコート姿の新郎や新郎新婦の父親の手に白いドレスグローブを見ることができますが、本来、白いドレスグローブはモーニングコートなどの昼の正装ではなく、燕尾服やタキシードなど夜の正装に着用されました。
また、色も厳密には白だけではなく、燕尾服には白、モーニングコート・フロックコートには灰色、タキシードは黒となっていましたが、現在はフォーマル全般で白い手袋が用いられていることが多いような気がします。(ただし、弔事には服装を問わず灰色や黒を用います)

正式には「シャモア(chamois=カモシカの革)」や「キッド(Kid=子山羊の革)」などの革製のものを着用するのですが、今は白い布製のもので代用することの方が多くなっています。
そしてその白いドレスグローブは手にはめずに、必ず右手に持つのがマナーなのです。

なぜ「礼装」「正装」の際、右手に「白い手袋」を持つのでしょうか。
それは、「今日は戦いをしません」という意味があるのだそう。持っているものが「武器」ではなく「手袋」だとわかるように、指先が外側になるように持つのです。また、持つ手も右手と決まっていて、左利きの人でも右手に持つのがマナーなのだそうです。

和式の羽織袴の際にも同様の習わしがあり、「今日は、刀は持ちません」という意味で、手袋ではありませんが右手に白扇を持ち、刀を差す帯の位置に白扇を差すそうです。これは特に洋式を真似たわけではなく、日本古来の習わしのようで、こうした文化の共通点を見つけるのも、面白いですよね。

手袋はしばしば「戦い」と関連されるアイテムのようで、その他にも昔の欧米では、手袋を投げつけることが決闘の申し込みを意味し、その手袋を拾うことで決闘の受諾を意味するというような風習もあったそうです。

女性の「ドレスグローブ」といえば、「オペラグローブ(opera gloves)」、または「イブニンググローブ(evening gloves)」と呼ばれる肘上から二の腕あたりまですっぽりと覆う長い手袋でしょう。
ドレスコードの最上位グレードである「ホワイトタイ」では、女性は床丈のイブニング・ドレスと白の「オペラグローブ」を着用することが規定されています。

欧米における「礼装」は、キリスト教儀礼用の礼装に由来していて、特に戒律に厳しいカトリック系の教会では、肌の露出を極力抑えることが求められたため、女性は半袖もしくは袖のないノースリーブのドレスを着る際は、肘上まである長い「オペラグローブ」が着用されたのです。
そのため「オペラグローブ」は、「淑女の清楚さ、品格を表す」とされ、後に、「礼装」「正装」という枠を超えて、女性の上品さを演出するファッションアイテムとしても発展していくことになります。

例えば「オペラグローブ」といったら、オードリー・ヘップバーンの「ティファニーで朝食を」のブラックドレスに合わせた黒のオペラグローブを思い出す人も多いのではないでしょうか?または黒の、英国のイブニング・ドレスの最高礼装とされる「ローブ・デコルテ」とオペラグローブを併せたダイアナ妃の清楚な装いも当時話題になりました。
男性の「ドレスグローブ」と同様、正式な色は白か灰色で、材質も革か布ですが、女性の場合はファッション性の高いコーディネートで着用されるようになるにつれ、色も布もドレスに合わせ、シルクのサテンやオーガンジー、レースなどのものも登場しました。
ファッションアイテムとしての手袋の歴史的発展については、また後ほどお話ししたいと思います。

また、海外のキリスト教式の葬儀では、女性は手袋をつけるのが正式なマナーで、男性と同様、飾りのない灰色や黒無地のシンプルなものを用いますが、日本の仏教式の法要では手袋をつけるマナーはありません。
ただし急な訃報で、本来はマナー違反であるマニキュアや付け爪、ジェルネイルなどを落とす時間がない場合、手袋で隠すという方法があります。

「礼装」「正装」としての手袋は、もし着用する機会があったら、着脱のマナーなどに気をつけて着用しましょう。
礼装については、「礼服」の回も参照くださいね。

てぶくろ手袋

<素材と種類、用途>

手袋には保温のため、また外からの汚れを防ぐためという実用的な目的のほかに、正装の姿をととのえるための装飾としての役割がある。現在正式の手袋はほとんど革製である。革には一番やわらかい上等なものにシャモア(chamois=カモシカの革)があり、そのほかキッド(子山羊)、ラムスキン(インドヤンピー=羊)、シープ(綿羊)、カーフ(子牛)、セーム(鹿)、ドースキン(牝鹿)などが、またしゃれたものにはレース、洋服と同じサテンやブロケード、さらに実用的なものとしてはナイロン、メリヤス、ネット、ジャージー、また革とネットを組合わせたもの、あるいは表革、裏革などの使いわけをしたものなどがある。街着用としてはスエード、キッドなどが多く、色は黒、茶、ベージュ、グレーなどで、靴、帽子、ハンドバッグ、コートなどの色とそろえて用いられる。イブニング・ドレスやカクテルドレスなどの場合、袖の短いときには肘(ひじ)のあたりまで、またイブニング・ドレスのときには肘より上までの長いものも用いる。正式の場合色はほとんど白を用いる。略式のときはナイロン、トリコット、カシミアなど、布製で内縫を用いる。スポーツ用としてはいくぶん長めで、ピッグスキン(豚)、バックスキンなど、あらい感じの革で外縫のものが多く、手の甲が網目になったり、カットされていたり、内側が革になったもの、毛糸編のミトンなども用いられる。

解説:「新・田中千代服飾事典」より

手袋の歴史はかなり古く、石器時代(第四紀の氷河時代と思われる)の洞窟絵画に、何かを編んで作られたと思われるシンプルなミトンが描かれているそうです。

現存する最古の手袋は、1922年にエジプトのツタンカーメン王の墓から発見された麻製の手首で結ぶタイプのものです。専門家によると、これは紀元前1343〜前1323年頃に作られたもので、馬で引く二輪の戦車に乗る際に使われていたと思われます。
前回、ドライバー用の白い手袋は、「手の保護」や「防汚」「グリップ性」という実用性だけでなく「礼装」を意識したものだ、というお話をしましたが、古代の手袋はどちらかというと「権力」や「宗教的な意味合い」を象徴するアイテムで、専ら貴人たちが着用しました。ですから、ツタンカーメンのような神聖な王族が着用していたのです。

古代ギリシア時代には労働者階級などの庶民も手袋を着用していたようですが、それらは家庭で編まれた手編みのもので、布や革製の手袋は上流階級ものでした。
ホメロスの有名な長編叙事詩『オデュッセイア』に、登場人物たちが棘のある木から手を守るために手袋をする記述があり(手袋ではなく袖を伸ばして手を覆っただけ、という説もあります)、手袋が実用的な目的で日常的に使われていたことがわかります。
また、紀元前440年頃に書かれたヘロドトスの『歴史』にも、レオテュキデスという人物が、ガントレット(長い手袋)一杯の銀貨を賄賂として受け取り、罪に問われていることが記されています。
その後の古代ローマ時代の記述の中にも、しばしば手袋が登場しています。

中世ヨーロッパでは手袋がさらに普及しましたが、そのほとんどはミトン型でした。
五本指の手袋を作るにはミトンより多くの資源と技術が必要なため、五本指の手袋は儀式用やそこから発展した上流階級のファッションとしてのもの、または鍛冶屋や戦士のように、「手の保護」が必須な上に手先を使うことが必要な際に使うものしかありませんでした。

鍛冶屋や戦士が使う手袋は、強固な保護力がなければいけませんから、鍛冶屋が使うものは厚手の革が用いられ、戦士用手袋は鎖帷子(くさりかたびら)など非常に丈夫なもので作られました。

ヨーロッパの騎士は、手首より長い金属製の「ガントレット」と呼ばれる手袋型の防具を装着し、身を守りました。日本の「籠手(こて)」にあたるものですが、多くは前腕部をすっぽり覆うほど長かったようです。
この厳つい手袋は身を守るだけでなく、敵に威圧感を与えました。

また、宗教的な儀式において手袋は、主にカトリック教会の教皇や枢機卿、僧侶たちが祭服として着用し、教義によりミサを祝う時のみ着用を許されているそうです。
神聖な場で清めた手を清潔に保つ意味もあったのかもしれませんが、特権階級として豊かになった聖職者たちが、その権威を示す装飾として手袋を着用したと言われています。そして、10世紀頃よりフランク王国から始まったこの習慣はローマに広まり、11世紀の前半にはローマでも一般的になりました。

司祭(神父)の手袋といえば、現在新型コロナウイルス感染拡大防止のために、カトリック教会でマスクをした司祭が信者にゴム手袋をしてパンを渡すという、ちょっと異例な手袋の光景が報道されていたのが印象的でした。

手袋の話はまだまだ続きます。
次回は、ファッションとしての手袋の歴史なども、たどってみたいと思います。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

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