ファッション豆知識

下駄(2)

前回、下駄の良さを少し知って、「自分に合った下駄が欲しいな」と思い、いざ、自分に合う下駄を買おう!と調べると、意外にその種類が多いことがわかり、迷ってしまったのではないでしょうか。

下駄の歴史は古いですが、爆発的にその種類が増えたのは、江戸時代です。

また、下駄は「日本固有の履物」とする説が有力ですが、中国の唐時代にあったと言われる「謝公の下駄」と呼ばれる山登り用の二本歯(この二本歯は着脱可能で、山を登る時には前の歯を外し、下る時には後ろの歯を外すことで身体のバランスを保ったそうです)の下駄の影響もある、という見方もあるようです。

下駄の歴史を辿りながら、どんな種類のものがあるのか、少しみてみましょう。

げた下駄

足をのせる木製の台に歯をつくり、三つ穴をあけ鼻緒(はなお)をつけたはきもの。 靴と異なり解放的なはき物である。下駄は日本固有のはき物とする説が多い。<駄>にははき物の意味があり、<下>にはくところから<下駄(げた)>の名称があるとおもわれる。古墳時代から現在とほとんど変わらぬものが用いられ、弥生(やよい)時代には<田下駄>とよばれるものが使われ、平安・鎌倉時代には<歯下駄>とよばれる長円形の台に高歯をさしたものがあった。下駄が日常的なものになったのは江戸時代からで、用途によって種類も多い。下駄には歯を台にさしたものと1枚の木をくりぬいて歯をつくったものとがあり、前者を<差歯下駄(さしげた)>、後者を<連歯下駄(れんしげた)>とよぶ。歯のくりぬき方にもいろいろあり、ぽっくりのように前歯を傾斜させたのめり型のもの、後ろ歯が台の後ろから続いた後丸を利用したものなどがある。差歯の代表的なものに<足駄(あしだ)>があり、これは<足下>あるいは<足板>などの意味からきたものといわれる。歯が高いので<高下駄>ともよばれる。現在はビニールやレザーのつま掛をつけて、おもに雨天用としてはかれる。またこの歯の低いものは晴雨兼用になり<日和(ひより)下駄>といわれる。とくに表つきの台がついたものが<吾妻(あづま)下駄>で<朱塗り下駄><吉原下駄><羽根虫>などとともに幕末ごろより用いられた。歯のない下駄の代表的なものが<ぽっくり>で、江戸時代には<こっぽり>といわれて、吉原遊郭の禿(かむろ)たちが用いたが、現在は子どもが晴れ着を着用したときなどに用いる。通常下駄の歯は2枚とされているが、特殊なものとしては一本歯の<雪下駄>、三枚歯の<おいらん下駄>などがある。また普通垂直に歯がつけられるが、下広がりについたものに<銀杏歯(いちょうば)>とよばれるものがある。用材は桐(きり)が最も上等で、ひのき、杉などが使われる。竹なども趣味的なものとして季節や着物、帯とあわせて用いられる。そのほか特殊なものに、<ほうのき>で厚くつくった<朴歯(ほうば)>、山村の子どもが用いる<竹下駄>、漁夫の用いる<浜下駄>、湿田作業に用いる<田下駄><雪下駄><すべり下駄>などがある。

解説:「新・田中千代服飾事典」より

実は下駄は「履物」というより、元々は「農具」でした。

その原型ができたのは、今から約2000年前の稲作が始まった弥生時代です。
農作業の際の足の保護や水田の中で足が沈み込むのを防ぐために使われたと思われる木板が、静岡県の登呂遺跡からも発掘されています。ミニスキーのような長い木板に鼻緒と手縄が付いており、歯はありません。足の指で鼻緒をしっかり挟むことによって足の力を使い、手縄を持って、つま先のほうから持ち上げて前に進みながら、農地を平らにならしたりしたようです。
この農具は後に「田下駄(たげた)」と呼ばれ、地域によっては20世紀まで使われ続けたそうですが、農作業を牛や馬に犂(すき)を引かせるようになると、あまり使われなくなりました。

下駄が今のように歩行用の履物として使われるようになったのは、古墳時代からと言われており、当時の古墳から副葬品として、木製の下駄や石製のミニチュアの下駄が出土しています。ただし、履物を履くのは高貴な身分の者だけでした。

奈良時代の貴族たちは普段は「沓(くつ)」を履きましたが、雨天用に「木履(ぼくり)」と呼ばれた下駄を履きました。

平安時代には、台から歯を掘り出していた「連歯(れんし)下駄」に加え、別で作られた歯を台に差して作る「差歯(さし)下駄」が登場します。

現在の下駄の前身と言われている二本歯の「足駄(あしだ)」は、初期は連歯下駄のものもありましたが、この差歯下駄の一種です。雨の日や、洗濯や水汲み、排便の際に衣服の裾を汚さないよう歯が高く、貴人だけではなく僧兵や庶民にも履かれるようになりました。

江戸時代になると、足駄(あしだ)は庶民の間でも雨天や湿地の履物として定着します。
やがて江戸時代の中期には、足駄の歯を低くして歩きやすくした晴天用の下駄が登場し、それらは雨天用の「足駄」に対して、「下駄(げた)」と呼ばれました。

鼻緒のある日本の履物といえば、他にも「草履(ぞうり)」と「草鞋(わらじ)」があり、日常用の下駄が登場するまでは、庶民の普段の履物と言えばこの草履か草鞋でした。
草履は下駄よりも「格式が高い」とされ、現在でも和の礼装用としては、下駄ではなく草履が履かれます。
ちなみに「雪駄(せった)」は、草履のカジュアル版です。雪駄は、現在でもサンダル感覚で洋服に合わせて履く人をよく見かけます。

この日常用の下駄で庶民に一般的に履かれたのは、歯が細く薄い台の「日和(ひより)下駄」という差歯下駄と、「駒(こま)下駄」という連歯下駄です。
この頃、履物づくりの専門職人が登場したことも背景にあり、それぞれ、その用途やデザイン、素材、地域性など様々な要因で、さらに多くの種類の下駄が派生しました。

例えば千利休が考案したといわれる「利久下駄」という日和下駄や、日和下駄の表に畳を打ちつけた「吾妻下駄」、花柳界で流行した柳の台に朴歯の「柳下駄」、高級品の「桐下駄」、「日光下駄」や「小田原下駄」といった地域性の高いものなど、数えられないほどの下駄が登場しました。

ちょっと庭作業をする時用にできた連歯下駄の「庭下駄(馬下駄)」は、後に「四角い台に二枚歯」という代表的な下駄の形である「駒(こま)下駄」に発展します。そういう意味では、今の下駄の「直系の祖先」と言えるかもしれませんね。
軽くて安定感もあり、履きやすいので初心者向けにはぴったりです。

駒下駄は、台が大きく四角いものが男性用で、女性用は台が細めで角が丸くなっており、特に「芳町(よしちょう)」と呼ばれる形が女性用のスタンダードな形となりました。
この愛称は、もともと日本橋の花街・芳町の粋な芸者たちが履いていたことからつけられましたが、町人文化が花開いたこの時代の下駄は、粋な愛称で呼ばれることが多いようです。

例えば、歌舞伎十八番のひとつ「助六」で主人公が履く差歯下駄は「助六」と呼ばれました。
また、前の歯が斜めに切り出され、重心が前のめりの「後丸下駄(あとまるげた)」は、若い女性がよく履くことから「小町」と呼ばれたそうです。小町は台の後ろが丸くなっており、後ろの歯がそれに沿って今の洋靴のヒールのように付いているので、とても安定感があります。
小町と同様前のめりの、通称「のめり(関東)」とも呼ばれる「千両下駄(せんりょうげた)」も歩きやすいことから人気がありましたが、その名称も「千両役者が好んで履いたから」と言われているようです。(横にすると「千」の字に見える、という説もあります)

下駄はおしゃれな履物として、役者や芸者やおしゃれな遊び人に愛用されるうちにどんどん洗練されていきました。

代表的なおしゃれ下駄は「ぽっくり(下駄)」でしょう。「おこぼ」「こっぽり」「こぼこぼ」など地域で様々な呼び方がありますが、舞妓や半玉、花魁や太夫につく「かむろ」が履いていたもので、今でも舞妓さんや七五三などのお祝い時に女児が履いたりします。
台の部分に豪華な金蒔絵などが施され、中に鈴を入れたものもありました。

この「ぽっくり」をモチーフにした個性的な靴で有名になったのは、デザイナーの舘鼻 則孝(たてはな のりたか)氏です。世界屈指のファッショニスタ、レディ・ガガがまだ無名だった彼の「ヒールレスシューズ」を愛用して、一躍注目されました。
革に友禅染の技法で伝統的な日本の文様を施した彼の靴は、日本の伝統工芸を最先端ファッションに進化させた好例として世界から高い評価を得ています。
ちょうど今、東京の汐留の美術館で開催されている「和巧絶佳展 令和時代の超工芸」展で、彼の作品が展示されています。興味のある人はぜひ足を運んでみてくださいね。
パナソニック汐留美術館>

吉原の人気花魁が花魁道中の時に履いていた高下駄「花魁下駄(道中下駄)」を「ぽっくり」と混同しがちですが、これらは異なる下駄で、こちらはなんと三枚歯です。
花魁の衣装や髪飾りが大きく豪華になるにつれ、そのバランスのためにどんどん高くなり、それを支えるために歯も三枚になりました。それでも不安定で歩きにくかったので、独特な歩き方をしないと前に進めませんでした。こうなるともう「履物」というより、装飾品の一種といえるかもしれませんね。

また、下駄なのに歯が無いものもあります。

「舟形」と呼ばれる「舟形下駄(ふながたげた)」や「右近」と呼ばれる「右近下駄(うこんげた)」は、草履や今のサンダルのような形で、足袋で履く人もいるそうです。

「右近」は比較的新しい下駄で、サンダル感覚で履く人も増え、最近人気が復活しつつあるとか。解放感のある履き心地も人気の理由のひとつですが、裏面がウレタンになっていて、下駄特有の音がしないことが重宝されているようです。

個人的には、お祭りや温泉街などで「カランコロン」という下駄の音が聞こえると、日本の風情を感じて心地良いのですが、現代の町中では騒音と受け取られることも多いそうですね。
また、床が傷むことを防ぐ意味で「下駄お断り」としている場所もあります。
そのため歯がある下駄でも、歯にゴムを貼ったものが販売されています。
ただ、歯にゴムを貼る目的は騒音対策だけではなく、現代の舗装された道路では歯が非常に早く摩耗するため、耐久性を強める意味もあるようです。

でもやっぱり下駄はあの「下駄の音」がしないと!
一説によると、祭祀の際に下駄の音を立てて大地を踏み鳴らす、というような呪術的な意味を持つ事例もあったようです。

また、明治時代に登場した「バンカラ学生」は、厚歯の高下駄「書生下駄」を履いてカランコロンと高らかに下駄の音を鳴らして街を闊歩しました。
「バンカラ」は、当時最先端の生活様式として流行した洋風の「ハイカラ」へのアンチテーゼで、「表面にとらわれずに中身で勝負する」という武士道的な精神を表すスタイルでした。そのため「下駄」というと、武骨な男っぽいイメージを持つ人もいると思います。

昭和30年代の一般家庭の9割には、日常の履物として下駄があったと言われています。
その後洋靴が一般化し、道路の舗装も進んだことから、今では下駄を一般的に履くことは少なくなりました。

でも、履き心地の良さや健康促進、温故知新的なファッション性から、また下駄の良さが見直されてきているそうです。
ジーンズなど普段の洋装カジュアルに下駄を合わせるスタイルも出てきました。
また、「日本文化」に注目する海外からの需要も増えているそうです。
浴衣じゃなくても涼しげな夏のおしゃれ履物として、この夏チャレンジする価値ありのアイテムだと思いますよ。

専門店などでは、台と鼻緒をそれぞれ選んで自分だけのオリジナル下駄を作ることもできたりするようなので、自分のセンスを発揮する楽しみもできますね。

下駄を足から放り投げて、落ちた時の表裏で占う「天気占い」なんて遊びもありますが、占う際は、どうぞ十分なソーシャルディスタンスをとってから占ってくださいね。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

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