ファッション豆知識

刺繍<ししゅう>(8)

前回ご紹介したモロッコのフェズ刺繍は、星や結晶のような幾何学模様の素敵な刺繍でしたが、同じく星や結晶のような幾何学模様で人気があるのが、北欧の「スウェーデン刺繍」です。

でも、こちらはフェズ刺繍とは刺し方がまったく異なります。
スウェーデン刺繍は、「スウェディッシュ・ウィービング(Swedish Weaving)」「ハック・ウィービング(Huck Weaving)」と、「織物」という意味の「Weaving」が付く名でも呼ばれることからわかるように、他の刺繍のように布に糸を刺すのではなく、粗目の布の表側の縦糸を太めの針ですくって糸を通し、織物のように模様を作っていくのです。
この手法に、ダーニング・ステッチや複数のステッチを組み合わせて刺されたものなど、今はバリエーションが豊富にあります。

縦糸をすくっているので、裏面に糸が出ないのも特徴です。
また、布目をすくっているだけなので、糸を抜いてしまえば何度でもやり直しがしやすく、刺繍初心者にも人気の刺繍です。

針は、布目をすくいやすいように、先が曲がっているスウェーデン刺繍専用針を使いますが、クロス・ステッチ針でも代用できます。

使用する生地は、スウェーデン刺繍専用のクロスもあるようですが、粗目の布なら何でもよいそうです。クロス・ステッチの時に使う粗目のジャバクロスもよく使われるようです。

伝統的には「リネン(麻)」の生地が使われていたことも、この刺繍の呼び名からわかります。スウェーデン刺繍は「ハック・ウィービング(Huck Weaving)」の他、「ハック・エンブロイダリー(Huck Embroidery)」 「ハッカバック(Huckaback)」などとも呼ばれるのですが、この「Huck」とは「粗目のリネンのタオル」の意味なのだそう。
粗目の生地は表面がボコボコしていたからか「ポップコーン・クロス(Popcorn Cloth)」とも呼ばれ、スウェーデン刺繍は「ポップコーン・エンブロイダリー(Popcorn Embroidery)」とも呼ばれるそうです。

スウェーデン刺繍に限らず、スウェーデンの工芸品にはリネンがよく使われます。
織物職人たちが、リネンを下地として模様を糸で織り込んでいくようになったのは12世紀頃と言われていますが、それよりずっと昔から、スウェーデンでは一般的に天然素材のリネンに地元の天然の染料を使ってきたそうです。自然派のスウェーデン人らしいですね。

スウェーデンは、イスラムのダマスク織を北欧に持ち込んだ先駆者なのだそう。冒頭で「フェズ刺繍の幾何学模様に似ている」と書きましたが、やはりイスラム文化の影響があったようです。

美しい幾何学模様の手織りのラグやタペストリー、寝具や衣料用の織機の発明など、様ざまなデザインや技術を開発し、独自の織物スタイルを確立して、西欧諸国にも影響を与えてきました。
特に1930年代から40年代にかけて、このスウェーデン刺繍が米国で人気となり、タオル、パジャマなどのベットリネンやテーブルクロス、ナプキンなどのテーブルリネンにこの刺繍が施されました。
その影響で日本でも昭和30年代(1955〜1965年)にブームが興り、スウェーデン刺繍が広まりました。

その後人気は一時落ち着いたものの、また最近人気が再燃しているそうです。
生地も様ざまなものが使われるようになり、新しい模様のパターンも次々と生み出され、まだまだ進化しているそう。
明るくカラフルな北欧スタイルのインテリアは、おうち時間を快適にしてくれるので、まずこのスウェーデン刺繍の雑貨から日常に取り入れるのも良さそうですね。

北欧の刺繍でもうひとつご紹介したいのは、ノルウェー西南に位置するハーダンガー(ハルダンゲル)地方で育まれてきた「ハーダンガー刺繍」です。

このノルウェーの伝統的な刺繍は、16世紀頃にイタリアから伝わったレースのような仕上がりの「ドローン・ワーク」をベースに、星や花など、この地の豊かな自然を幾何学模様で表したモチーフをサテン・ステッチやブランケット・ステッチなどで刺した、特徴ある美しさの刺繍です。
伝統的には白いリネンの生地に白いリネンの糸を使っていましたが、最近は北欧らしい明るい色使いが用いられ、そのカラフルな色使いもこの刺繍の魅力になっています。
また、可愛らしい幾何学模様のため、ベッドシーツ、テーブルクロスなどの他、普段使いのストールやブラウス、ポーチなど幅広い用途で使いやすく、日本でも人気があります。

「ドローン・ワーク」とは、透かし技法の「オープン・ワーク」の一種で、土台の生地に、図柄の輪郭線を細かいボタンホール・ステッチなどでかがり、模様の内側の土台の生地の縦糸・横糸を抜き取って、透し模様や浮彫効果を出す刺繍技法のことで、ドイツやスペインやデンマーク、ロシアやメキシコ、中国やフィリピンなど世界中の刺繍に見られます。見た目がレースに似ているため、レースの一種として扱われます。

ドローン・ワークDrawn work

オープン・ワークの一種。 ドローンとは、引き抜くという意味で、よこ糸またはたて糸、あるいはその両方を布から抜き、残った糸束をいろいろなステッチでグループに集め、つくられる透かし模様のある刺繍のこと。 抜きかがり刺繍ともいう。糸の集め方、ステッチの仕方などで、多くのデザインがうまれる。普通は織目のあらい麻地にほどこされることが多く、その種類は2種ある。その一つの型はよこ糸、またはたて糸どちらかをとり除いてするもので、ドローン・スレッド・ワーク、シングル・オープン・ワーク、直線ドローン・ワークなどという。もう一方は、たて、よことも糸を取り除くもので、カット・アンド・ドローン・ワークとよばれるものと、格子状のものとがある。ドローン・ワークに使う布は、糸が抜きやすいように、ゆるく織られ、たて、よこの糸が同じくらいの太さのものが適している。ドローン・ワークの発生地はイタリアといわれ、縁かがり縫から発展したもので、おもに教会の祭壇の掛布や礼拝の法衣に応用され、16世紀には書物が出版され、一般にもこの技術が広められた。トレド・エンブロイダリー、ハーダンガーなどもドローン・ワークの一種で、中国ふう、ロシアふう、メキシコふう、スペインふう、イタリアふうのドローン・ワークなど種類が豊富である。

解説:「新・田中千代服飾事典」より

近年流行が続いている「カット・ワーク(cut work)」も、オープン・ワークの一種で、生地に刺繍を施し、内側を切り抜いてレース模様を作る刺繍技法です。

この刺繍技法を用いたレース生地を、アパレルメーカーや店頭では「カット・ワーク・レース」と呼んでいますが、レース専業メーカーでは、ボーラーという錐(きり)で穴を開けると同時に刺繍するため、「ボーラー・レース」と呼ばれることが多く、「カット・ワーク・レース」は通じないこともあるとか。

今年の春夏も、多くのブランドが美しいカット・ワークのアイテムを出してくるようです。近年人気の、裾(そで)や襟の縁が半円のモチーフになっている可愛らしいスカラップ模様などの綿ブラウスなども、依然人気のようです。
上品な女性を演出するカット・ワーク。ぜひ日頃のワードローブにも取り入れてみてはいかがでしょう。

刺繍のお話、まだまだ続きます!次回もお楽しみに。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

TEL. 03-3409-2661