ファッション豆知識

刺繍<ししゅう>(3)

あけましておめでとうございます。
本年もファッションの豆知識をあれこれお伝えしていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

さて、前回は主にヨーロッパの中世までの刺繍(ししゅう)の歴史をみてきましたが、アジアの刺繍も長い歴史があります。

エジプトとともに、刺繍が古くから発達した国のひとつと言われているのが中国です。
「中国刺繍」は「支那刺繍」とも呼ばれ、その起源は、古国時代末期(紀元前2000年頃)までさかのぼる、という説もあるようですが、周王朝時代(紀元前700年頃)に書かれた「礼記」に養蚕や刺繡に関する記載があり、毛織物に簡単な刺繡を施したものも出土しているそうです。

「中国」とひとくちに言ってもその範囲は広大なため、中国には各地方(民族)によって特徴の異なる刺繍が存在し、それぞれに長い歴史を持って発展してきました。
大きく分けると、漢民族と少数民族のものに分けられます。

さらに漢民族の刺繍は主に4つの地域のものに分けられ、それらは「中国四大刺繍」と呼ばれています。
「中国四大刺繍」は、①江蘇省蘇州の「蘇繍(そしゅう)」、②四川省の「蜀繍(しょくしゅう)」、③広東省の「粤繍(えつしゅう)」、④湖南省の「湘繍(しょうしゅう)」を指します。

「蘇繍(そしゅう)」は江蘇省蘇州周辺で行われている刺繍で、裏表から鑑賞できる両面刺繍であることが特徴です。また、1本の絹の糸をさらに30本ほどに分けて使用する繊細な絵柄が多く、100種類以上の色で上品な色合いを緻密に表現するその描写力は世界からも高い評価を得ており、その美しさから「東方の真珠」とも呼ばれています。

2600年以上の歴史があり、中国の刺繍の中でももっとも古いと言われています。
すでに宋の時代にはその生産量は大きくなっており、明の時代に独特な技術などが確立、さらに広く伝わるようになりました。清の時代になると、蘇繍の勢いはピークを迎え、以降その技術は舞台衣装や工芸品へと受け継がれ、中国独自の刺繡文化へと発展したのです。
現代でも、礼服やインテリア、舞台の衣装や装飾などにもよく見られます。

「蜀繍(しょくしゅう)」は四川省成都を中心に行われている刺繍で「川繍」とも呼ばれています。
写実的に色が鮮やかに表現された人物や風景、動植物などの絵柄が多く、絵画のように光や色を重視し立体感を持って細やかに描かれるため、工芸を超えた芸術としての評価も高いそうです。

「粤繍(えつしゅう)」は広東省を中心とした広州の刺繍で「広繍(こうしゅう)」とも呼ばれています。
牡丹や松、鳳凰、鶴のような鳥や猿や鹿などのモチーフが多く、複雑な模様を色鮮やかに描いているのが特徴です。
高温多湿な地域ゆえ、吸水性の高い綿や麻の生地を使用しており、その実用性もあって世界でも人気です。

粤繍の中でも特に人気なのは、ハンカチーフで有名な「汕頭(すわとう)刺繍」です。「スワトウ」とカタカナで書いた方がわかりやすいかもしれませんね。
「汕頭」は広東州東部にある街の名で、近くの香港経由で18世紀頃、キリスト教の宣教師がヨーロッパのレースや刺繍技術を伝えたことによって、中国古来の刺繍技法とヨーロッパの刺繍技法が融合して独自の刺繍文化が生まれました。
汕頭刺繍の上品で洗練されたデザインは世界中で愛され続けていますが、最近はその技能者の減少により、技術の伝承ができなくなる危機に瀕しているそうです。特に細かい柄のものの中には、すでに作ることができないものもあり、現存するものは「芸術品」として珍重されるほど。ハンカチーフでも1枚10万円以上するものもありますが、ワンポイント刺繍のものであれば比較的リーズナブルに入手できます。
洗練されたエレガントさを演出する汕頭のハンカチーフ。大人の女性なら1枚は持っていたい憧れの逸品です。

「湘繍(しょうしゅう)」は、湖南省長沙市周辺の地域で多く行われている刺繍ですが、現在のものは湖南省に古くから伝わっている刺繍に、蘇繍や粤繍の持っている特徴や長所を取り入れ完成されたものだそうです。
生き生きとしたリアリティのある強い質感が特徴で、花や動物など古典的な中国画をモチーフに色彩豊かに描かれています。特に獅子や虎の刺繡は、本物が目の前にいるような迫力ある描写力で、目にする人を圧倒する素晴らしさです。
輪郭をはっきりと描くために毛髪を使用する、など表現力を向上させる工夫が多くみられます。

もともと湘繍の歴史は長く、2500年以上前の春秋時代にまでさかのぼることができるようです。
古代の農村の女性たちが、衣類や小物入れ、たばこ入れなどを装飾するために行っていた針仕事が湘繍の起源とも言われています。
1958年、長沙の墓から竜と鳳凰がデザインされた春秋時代のものと思われる刺繍の残片が発掘され、その後1972年に長沙の馬王堆漢墓からも40枚の刺繍が施された着物が発掘されましたが、いずれもその卓越した技術と美しいデザインに人びとは驚きました。

清の光緒帝の時代(1871~1908年)に楊世焯(1842~1911年)という画家が、中国画の技法を刺繍の下絵に用いて、その繊細な表現を実現するために様ざまな運針法を編み出し、湘繍の芸術的レベルを高めました。複雑な針の運び方を行うので「針の上のバレエ」と呼ばれることもあるそうです。
その後も湘繍は時代とともに徐々に改良され、洗練された優雅なスタイルを確立していきました。

漢民族の刺繍は、この「中国四大刺繍」以外にも河南省開封の「汴繍(べんしゅう)」、北京の「京繍(きょうしゅう)」、江蘇省南通の「沈繍(しんしゅう)」、上海の「顧繍(こしゅう)」、浙江省温州の「甌繍(おうしゅう)」などがあり、各地で糸などの素材や技法に特徴がある刺繍が受け継がれています。

手間と時間がかけられた刺繡は、漢民族の間では身分の高い人たちの衣服に施されました。
刺繍は高貴さの象徴というだけでなく、着用する人の階級を表し、皇帝の服には龍、官吏の服にも階級によって麒麟、虎、鶴などのモチーフが刺繡されたそうです。

高貴な人の衣服に欠かせないのが金や銀の刺繍です。
中国刺繍というと、金や銀が散りばめられた刺繍を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか?特に中国人の好きな色とも言われる金はよく使われ、現在でも小物にいたるまで多くみられますが、中国で金や銀の糸が盛んに用いられるようになったのは、唐時代からだと言われています。

この金や銀を贅沢に混ぜた華やかな刺繍糸は、実はインドにルーツを持っています。
インドの人びとはエジプトに綿を伝えたことでも知られていますが、中国には金や銀の糸を伝えました。金や銀の糸は中国に渡り、身分の高い人びとの衣服を飾り、次第に一般的に広まりました。

一方、少数民族の刺繍は漢民族の刺繍とはまったく異なり、絵画的というよりは幾何学模様的なモチーフが並んでいるものが多くみられます。
アフリカなどの民族のテキスタイルにもみられますが、モチーフは幸運を呼ぶ吉祥模様など呪術的な意味合いがあるものが多くみられます。太陽や、渦巻き、生命の樹などのモチーフは、厳しい自然環境の中で生き抜くための「魔除け」の意味合いを持っているそうです。
衛生状態の悪い時代や地域では、よく子供服にこのような「魔除け」を付ける風習があり、日本にも「背守り」という刺繍があります。

もっとも有名な山岳民族の苗(ミャオ)族の刺繍「苗繍(びょうしゅう)」を筆頭に、瑶(よう)族(ヤオ族)、チワン族、リー族、ペー族、ウイグル族など、皆それぞれ独特の図案があり、風合いも違います。
少数民族は移動をしながらいくつかのグループに分かれている場合が多く、その地域それぞれに刺繍文化が花開いています。
瑶族(ヤオ族)は、中国だけでなくタイの北部やラオス、ベトナムなどの国境付近の山岳地帯にも移り住んでおり、その暮らす地域によって刺繍のモチーフやステッチの種類が異なり、それぞれ特徴ある刺繍が発達しました。
例えばタイのヤオ族の刺繍は、布の目に沿って一面にびっしりと施された目の詰まった細かいステッチが特徴です。
一面にびっしりと目の詰まった刺繍は、貴重な衣服を少しでも長持ちさせるための、生地の補強の役割もありました。
この生地の補強や穴が開いたり破れたりした箇所の補修としての役割は、その他の民族でも多く見られます。日本の刺し子などもその一例です。

このヤオ族を含めアジアの少数山岳民族は元来、自分たちで繊維原料の栽培から縫製まで行い、衣服1枚作るのに多大な手間をかけてきたため、衣服を大切に扱ってきました。刺繍はその「衣服を大切にする心の表れ」とも言えますね。現在のファスト・ファッションとは対極にあるものですが、SDGs が唱えられている今、あらためて再評価されるファッションのあり方かもしれません。

「刺繍」は民族の長い歴史とともにある大切な文化。
まだまだ世界の刺繍がたくさん出てきます。続きをお楽しみに。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

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