ファッション豆知識

刺繍<ししゅう>(2)

もうすぐクリスマスですね。

この時期の雑貨屋の店頭はクリスマス雑貨であふれていますが、その中に多くの刺繍(ししゅう)グッズを見かけます。
「ピクセル柄」のモミの木やトナカイ、雪の結晶といったものは、クリスマスを表す柄としては定番です。

「ピクセル柄」は、ゲーム世代の皆さんには「ピクセル・アート」とか「ドット絵」といった方が、イメージがわきやすいかもしれませんね。余談ですが、先日“ドット絵の神様”といわれたゲーム・クリエイターの小野浩氏が逝去されましたが、ピクセル柄で描かれるものには、独特の世界観が感じられます。

刺繍で「ピクセル柄」といえば「クロス・ステッチ刺繍」。
そのほっこり温かみのある仕上がりも、クリスマスや冬にピッタリです。また、このステッチをメインで使う民族も世界に多くみられます。

クロス・ステッチの「ステッチ」とは、刺繍の縫い方や縫い目のことです。
刺繍は、使用する布や糸などの種類が豊富で、それぞれに特徴があり、異なった風合いの仕上がりが楽しめることを前回ご紹介しましたが、もうひとつ刺繍の表現力を豊かにしているのが、この「ステッチ」です。
複数のステッチを組み合わせたり、または「クロス・ステッチ」や「サテン・ステッチ」のように、ひとつのステッチだけで立体的絵画を布に描いていくものもあります。

「サテン・ステッチ」は、図案の輪郭の端から端に繰り返し糸を渡して、塗り絵のように図案の中を埋めていくステッチで、仕上がり面がサテンのように艶があるため、この名前で呼ばれています。このステッチも「クロス・ステッチ」と同様、世界の刺繍に多く見られます。

基本的なステッチには、他に「ランニング・ステッチ」「チェーン・ステッチ」「ボタンホール・ステッチ」などがありますが、驚くべきことに現在用いられているこれらのステッチは、刺繍が歴史に登場した頃からあるそうで、技法としてはそう変わらなく続いてきたものなのだそう。

刺繍の歴史はとても古く、衣類に最初につけられた装飾文様は刺繍だと言われています。その原型となるようなものは、青銅器時代にはすでに世界各地で始まっていたのだとか。旧石器時代の後期に「」が登場したことを思えば、納得がいきますね。

もっとも古い刺繍としては、初期青銅器時代に作られたスカンジナビアの花網ステッチの縁取りで飾られたチュニックや、シベリアのアルタイ山脈でアップリケ刺繍(アルタイ刺繍)が発見されているそうです。そういえば「針(2)」でお話した「最古の針」は、アルタイ山脈のデニソワ洞窟で発見されたのでしたね。その時発見された針は、現在とほぼ形状が変わらないということでしたが、その針を使って生み出された「ステッチ」も、基本のものは現在と変わらないということは、針仕事のクオリティが初めから高かったことを示すように思います。それだけ衣服は人類にとって重要なものだったと言えるでしょう。

そしてやはりもっとも古い刺繍は、古代エジプトでも発見されています。このコラムで様ざまなものをご紹介していますが、ほとんどのものの起源というと、古代エジプトが登場します。あらためてこの文明の高度な技術開発力に驚きを感じます。
古代エジプト第1王朝の墓やピラミッドから、ビーズ刺しされた布きれなどが発掘されていますが、その刺繍には、現在も使われている基本のステッチがほぼすべて確認されたそうです。

また、18王朝時代に書かれた記念碑によって、衣服だけでなく、寺院や家の装飾、家具や舟の帆などにも、アラベスク模様の刺繍があったことがわかりました。古代エジプトの舟の帆、と聞くと「色(4)」でお話したクレオパトラの貝紫の帆を思い出します。貴重な染料を惜しみなく船の帆に使用することで、対外的にエジプトの権威を示しましたが、刺繍も同じように王国の権威を示すものであったのでしょう。

刺繍の技法は、古代エジプトから古代オリエントに伝わって盛んに行われるようになり、バビロニア人によって様ざまなステッチが完成されたと言われています。

さらに刺繍はギリシアに伝わり、古代ローマで発展します。紀元前700年頃には、身分の高い人びとの衣装に刺繍が施されていました。
贅沢な美術品ともいえる刺繍は、その美しさから貴人たちに愛されましたが、古代エジプトでもみられたように「権威の象徴」という役割もあるため、「ボタン」や「ハンカチ」と同様、特権階級の中で争われるように、装飾性もどんどん華やかさを増していきました。

古代ローマで発展した刺繍は、織物貿易が盛んに行われる中でヨーロッパ各地に波及します。
ヘレニズム文化を経てビザンチン時代に、学問、芸術の中心であったキリスト教会で大きく発達し、中世ヨーロッパでは、宮廷や教会芸術の一端となりました。

依然として刺繍は宗教界も含めた特権階級のもので、権威の象徴としてますます社交界を絢爛豪華に彩りましたが、この時代、刺繍は上流階級の女性の教養として、その技術が広まったそうです。

エンブロイダリーEmbroidery

ー 歴史 ー

刺繍の歴史は古く、衣類に最初につけられた装飾文様は刺繍であったと考えられる。刺繍のもっとも古いものとしては、古代エジプト第1王朝の墓やピラミッドからビーズ刺しされた布ぎれなどが発掘されており、18王朝時代(1580B.C.~1345B.C.)に書かれた記念碑によって、衣服や家具にアラベスク模様のエンブロイダリーがあったことが確認され、寺院や家の飾り、衣服だけでなく、舟の帆までに用いられていたことがしられている。また古代ローマでは刺繍はオプス・フリジウム(ops phrygium=フリジアン・ニードル・ワーク)といわれ、古代オリエントのフリジア人が発明した技芸だと信じられていた。これらのことから、刺繍はエジプトにはじまり古代オリエントで盛んに行われ、バビロニア人によって完成されたものであると考えられる。これらがギリシアでも行われ、ローマ時代にひきつがれ、ヘレニズム文化を経てビザンチン時代に、学問、芸術の中心であった僧院で大きく発達し、中世ヨーロッパに伝えられて、宮廷や僧院芸術の一端となった。これらは今も西欧諸国の美術館に保存されており、ヴァティカン宮殿の「レオ3世の法衣」 (10~11世紀)「ロジェール2世のマント」(12世紀)など、またフランスにあるノルマンディー公ウィリアムのイギリス遠征を描いた「バイユーのタピストリ―」(11世紀)などが有名である。

<後略>

解説:「新・田中千代服飾事典」より

中世ヨーロッパは、キリスト教会の権力が強大になった時代です。
刺繍には、神を賛美する信仰を表す意味合いが付加され、尊ばれました。特に聖職者の衣装はその権威の象徴として重要視され、地位が上の者ほど豪華な刺繡が施されました。儀式などでは荘厳華麗な刺繍を施した衣装が用いられるようになりました。それらは現在でも欧米の古い教会で見られることもありますし、欧米の美術館や博物館などでも歴史的に貴重な刺繍の法衣などが見られます。

キリスト教会の中でも法衣は様ざまですが、正教会系は華やかな刺繍が見られることが多いようです。
クリスマスには、多くの教会がミサやコンサートを行っており、一般人も参加しやすい機会です。普段からミサなどは一般に開放されているのですが、信者じゃないとなかなか行きづらいですよね。
「クリスマスの雰囲気を楽しみたい」と軽い気持ちで教会へ足を運ぶ人も、ちょっと法衣や敷物などの刺繍を探してみてください。美しい刺繍を目にすると、なんとなく神様の威光が感じられるかもしれませんよ。

歴史から少しそれますが、この回の最後に、写真に直接刺繍するという独自の手法で新しい作品を次々と生み出している話題のアーティスト、清川あさみさんをご紹介したいと思います。清川さんは、偶然「糸」が写真の上に重ねて置かれたのを見たことから着想し、モデルとなる人物を撮影して、その写真に刺繍したのがきっかけとか。最近は写真のほかに、雑誌や本、布やキャンバスなどを使い、多様なビジュアル表現を展開しています。

現在クリスマスまでの期間、GINZA SIXにてアーティスト活動20周年を迎えた彼女の個展「TOKYO MONSTER,reloaded」が開催されており、館内にも彼女の作品数点がディスプレイされています。そして圧巻なのは、エントランスを華やかに彩る大型のデジタルアート。光を放つ糸を使ったこの映像作品は「OUR NEW WORLD」と名付けられていて、コロナ禍で社会が不安感に苛まれる中、太古から未来へと繋がる自然にインスピレーションを受け、「いのちと光の柱」をテーマに作られたそう。

この時期の銀座の街は、クリスマス気分を楽しむのにピッタリ。これから銀座にお出かけする方は、ぜひ彼女の刺繍アートも楽しんできてくださいね。

「刺繍」のお話、まだまだ続きます。お楽しみに。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

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