ファッション豆知識

刺繍<ししゅう>(1)

前回までの「えり<襟・衿・領>」では、手の込んだ工芸品のような美しい襟(えり)も登場しましたが、繊細な刺繍やフリル、レースといった装飾は、華のあるファッションには欠かせない要素です。

今回は、最近また人気が再燃している「刺繍(ししゅう)」のお話です。

昨今の刺繍人気は、他人と差別化する個性的なファッションがより一般化していることや手仕事などのクラフト感人気に加え、世界中から発信される美しい刺繍がすぐに見られるインスタグラムなどSNSの影響もあるのではないかと思います。その写真を眺めているだけでも幸せな気持ちになるくらい、世界は美しい刺繍であふれています。

でも刺繍の魅力は、写真で眺めているだけではわかりません。
というのも、プリント模様などとは違い、糸による立体感ある模様が刺繍の特徴であり魅力だからです。
基本的に「刺繍」とは、「刺繡糸(ししゅういと)」と呼ばれる専用の糸と「刺繡針(ししゅうばり)」と呼ばれる専用の針を使用して、布や革の上に装飾を施す技術、またはその完成した模様を指します。

皆さんのワードローブには刺繍の施されたアイテムはありますか?
衣服でなくともハンカチなど小物で持っている、という人もいるでしょう。
でも、よく見てください。ひと口に「刺繍」といっても、様ざまなタイプのものがありますよね。
刺繍には大きな方法の違いで分けると、人の手で行う「手刺繡(てししゅう)」と、機械を使用する「機械刺繡」、剣山状の針を使って布に糸を埋め込む「パンチニードル刺繍」があります。

ししゅう刺繍

布地の面に針と糸で模様などを縫いあらわし、布地を美しく加工する方法のことで、ひじょうに多くの種類がある。世界各国に古くから独自の刺繍があり、わが国でも和服の場合の振袖(ふり袖)、留袖(とめ袖)、訪問着、打掛(うちかけ)などに摺箔(すりはく)とともに刺繍は欠くことのできない技法である。和服の美しさは染と繍(ぬい)の総合によって発揮される染繍美術(せんしゅうびじゅつ)ということができる。→エンブロイダリー

解説:「新・田中千代服飾事典」より

エンブロイダリーEmbroidery

<縫いとり><刺繍(ししゅう)>の意味。絹、木綿、毛糸その他のさまざまな材料を使って、布に描かれた模様を基として刺した装飾用縫いとりのこと。手で行われるものと機械によるものとがある。

解説:「新・田中千代服飾事典」より

今でも刺繍の基本は、「手刺繍」です。
細い糸をひと針ひと針刺して模様を描いていく手刺繍は、手間と時間がかかるため、高価になるものも多いです。
布や革をキャンパスとすれば、刺繍は糸で描かれる絵画とも言えるでしょう。時には刺繍とは思えないくらい、絵画のように緻密なものもあって驚きます。

同じ手刺繍でも、その使用する布や革、それを縫う針や糸の違いによって、仕上がりの風合いが変わります。

刺繍で使用する布は、正直針が通れば何でもよいのですが、一般的には木綿や麻などが針が通りやすく伸縮性も少ないので、刺しやすいと言われています。
また、「オックスフォード」や「ジャバクロス」など、刺繍用の布として布目を揃えて作られたものもあります。

図案無しで布にいきなり刺繍する上級者もいるかと思いますが、たいていは図案を布に描いてからその上をなぞるように刺していきます。
その際、図案を直接布に描いてしまうと線が残って仕上がりが汚くなることがあるので、初心者は「下地シート」に図案を描いて、その上から図案通りに刺していくのがよいでしょう。今では刺した後、水に浸けると溶けてなくなる便利なものもあり、100円ショップでも買えるそう。

そして、刺繍というとあの丸い枠を思い出す人も多いかと思います。
あの枠は「刺繍枠」または「フープ」と呼ばれており、刺繍する際に布を引っ張って刺しやすくするものです。
円形のものが一般的で、木製とプラスチック製がありますが、個人的には布をはめた時に滑りにくく、しっかりと固定できる木製枠の方が使いやすいと思います。
大きさも様ざまですが、手にちょうど良く馴染む小さめの直径10cm前後の枠が使いやすいと思います。図案の大きさに合わせて、いくつかの大きさのものがあると便利ですね。

針は、刺繍専用の「刺繍針」を使います。
刺繍針は普通の裁縫用の針と比べて少し太めで、刺繍糸が通しやすいように糸を通す穴が大きく縦長になっているのが特徴です。

さらに刺繍法によって針が使い分けられていて、「フランス刺繍」などのヨーロッパ刺繍は裁縫針のように先の尖った針を使い、「クロス・ステッチ」や「刺し子」などの刺繍は先が丸い針を使います。
針は「フランス(刺繍)針」「クロス(・ステッチ)針」「こぎん(刺し)※針」など、それぞれの刺繍法の名前で呼ばれています。
※「こぎん刺し」は、青森県津軽地方に伝わる刺し子の一種

また、針の大きさと長さも多様なので、使用する布の素材や糸の本数などに合わせて、針を使い分けます。

「刺繍糸」というと、細い糸が何本か合わせられているものを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
先にも「糸の本数に合わせて針を使い分ける」と書いたように、合わせる糸の本数も様ざまです。

もっとも一般的なのは、6本の糸が合わさって1つの束になっている「25番糸」と呼ばれている糸でしょう。使用する際に、6本の中から必要な分だけ引き抜き、あらためて束ねて使います。例えば、2本引き抜いて使用する場合は「2本どり」と言い、1本どりから6本どりまで様ざまな太さの糸として活用できます。
また、25番糸は色のヴァリエーションも豊富ですので、表現力もあります。
異なる色同士を組み合わせて、オリジナルの刺繍糸を作る上級者もいます。

次によく使われるのは、太くてしっかりとした「5番糸」でしょうか。2本の太めの糸がより合わされていて、はっきりとしたより目が特徴的です。
刺繍する時にはバラさずそのまま使い、太い線を表現したい時やボリュームを出したい時、ざっくりとラフな雰囲気に仕上げたい時などに使います。大きめの作品や、分厚い生地を使用する時に適した糸です。

反対に細い「12番糸」は、こまかい部分の刺繍や繊細な表現に向いています。

刺繍糸は太さだけでなく、素材によってもその風合いは変わります。

シルク(絹)の刺繍糸は、高級感のある光沢が特徴的で、上品な仕上がりになります。個人的には、シルクのサテン・ステッチがキレイに刺せずに苦労した思い出がよみがえります(苦笑)

リネン(麻)の刺繍糸は、自然な風合いが特徴的で、綿や麻などの天然素材の布地と相性が良い糸です。フランス刺繍でもシルク糸ではなくリネン糸だと、温かみがありながらも上品なナチュラル感が出るので人気です。

太くてしっかりしているウール(毛)の刺繍糸は、ざっくりとした立体感のある仕上がりに適しています。ウールの温かい雰囲気で、秋冬ものにピッタリ。糸が太いため、ステッチが早く進むので、細かな作業が苦手な人でも、完成できそうですね。

「花糸」と呼ばれるコットン(綿)の刺繍糸もあります。「デンマーク刺繍」と呼ばれるクロス・ステッチ刺繍に使われる、光沢のないマットな質感が特徴の糸です。デンマーク手工芸ギルド(フレメ)が作っているので、「フレメ花糸」とも呼ばれます。品のある発色で素朴で落ち着いた雰囲気になるので、ナチュラル系が人気の昨今、人気が高まっているようです。
「花糸」という名前は、この糸を開発したデンマーク刺繍の著名な女性デザイナー、ゲルダ・ベングトソン(Gerda Johanne Bengtsson)さんが、草花のモチーフを得意としたことに由来しています。そのため、一般的な刺繍糸より色数が少ないにも関わらず、緑色のヴァリエーションが多いそうです。

レーヨンやポリエステルの刺繍糸は、主にミシンや刺繍機などの刺繍で使われます。
レーヨンはもともとシルクに似せて作られた人工素材なので、シルクのような高級感のある光沢があり、シルクよりもなめらかです。安価なのに高級感ある仕上がりになるのがうれしいですね。発色も良く、カラフルな刺繍糸が多く展開されています。
ポリエステルの糸は丈夫で切れにくい一方、ミシンや刺繍機の針が折れやすいというデメリットもありますが、その高い強度ゆえ、摩擦の多いユニフォームなどに多く使われています。

その他刺繍糸は、このような太さや束ねる本数、素材の違いだけでなく、メーカー別にも特色があります。自分の作品イメージに合わせて刺繍糸と使い分けることで、完成度も高まりますので、様ざまな糸をチャレンジしてみてくださいね。

次回以降は、世界各国の素敵な刺繍とともに、興味深いエピソードなどご紹介していきたいと思います。ぜひ、最後までお付き合いください。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

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