ファッション豆知識

色(5)

前回は青の顔料「エジプシャン・ブルー」が、「地球温暖化」防止に役立つといった面白い研究をご紹介しました。

「青」については、まだまだ面白い研究があります。
西洋社会で「高貴な色」として重宝された「青」ですが、なんと「古代エジプト以外の古代世界では認識されない色だった可能性がある」という研究もヨーロッパの学者たちから出てきました。

いったいどういうことでしょう?

学生時代古典研究に勤しんだ元イギリス首相のウイリアム・グラッドストーン(William Gladstone)が、古代ギリシアの詩人ホメーロスが紀元前8世紀に書いた名著「オデュッセイア」の文中に出てくる色を表す言葉を数えたところ、「青」に相当する表現が一度も出てこなかったとのこと。
ちなみに「黒」は約200回、「白」は約100回、「赤」は約15回、「黄」と「緑」は10回ほど文中に登場したそうです。

その他、キリスト教の「旧約聖書」やイスラム教の聖典「コーラン」、古代インドの「ヴェーダ」や古代中国の書物にも、「空」などが何度となく描写されるにも関わらず「青」は出てこなかった、という文献学者の研究もあります。

古代の文献に「青」が登場しないということは、古代には青いものがなかったのでしょうか?
そんなはずはありません。「海」を知らない文明はあっても、「空」や「水」はどこにもあるものです。

では、古代の人の目には「青」が見えなかったのでしょうか?
古代の人間の目の視覚機能が今と違い、「青だけ見えない」ということもあまり考えられませんよね。
では、なぜ「青」が認識されていないのでしょう?

そしてなんと「青」の概念がない文化が、現在の世界にもあるというのです。

皆さん、「化粧(1)」で出てきた「ヒンバ族」を覚えていますか?
アフリカ・ナミビアの北部に暮らす少数民族で、「人類最古の化粧品」といわれる赤い「オーカー(天然黄土)」を全身に塗って生活している人びとです。
彼らの文化では「青」を表す言葉が無いのだそうです。

ある研究者が、1個の青い四角形と11個の緑色の四角形を円形に並べた図をヒンバ族の人々に見せたところ、彼らはひとつだけ浮いている「青」と周囲の「緑」を区別できない、もしくは区別できたとしてもとても時間がかかったそうです。
どうやら周囲に「青」や「緑」があまりない環境で生活するヒンバ族の人たちにとっては、「青」は「赤ではない暗い色」くらいの認識で、「青」という概念自体が無いようです。それゆえ「青」を表す言葉も持たず、「青」と「緑」を見分けられないのでしょう。

でも、古代ギリシアや古代ローマなどには、「海」や「空」といった「青いもの」はどちらかというと多くあるイメージです。なのに、なぜ「青」を表す記述が見当たらないのでしょう?

ちょっと私たちの国、日本の場合をみてみましょう。

現存する最古の書物である「古事記」や「日本書記」には、「黒」「白」「赤」「青」の4色の記述があるそうです。
さすが海に囲まれた水の国、日本には古い時代から「青」があったのですね。
でも、現代語の「青」にあたる古語の「あを」は、現代人の認識している「青」とは少し違うようです。

「あを」は白と黒の間の広い範囲の色で、主として「青」「緑」「藍」をさす言葉で、現代でもその使用法で名残が見られます。
例えば「青信号」は、英語では「green light」と表し「緑」ですし、実際にも「緑」のようにも見えますね。(ただし、最近の日本の青信号は、言語の方に寄せて、他国のものよりも青く作られているそう)
他にも、「青りんご」(英語では「green apple」)や「青々とした芝生」の様に、実際には「緑」に見える色も「青」と呼びます。

私たち日本人も、遠い昔はヒンバ族のように「青」と「緑」を見分けられなかったのでしょうか?
でも、私たちの住むこの日本の環境は、多くの「青」や「緑」に溢れています。なのに、なぜ「青」と「緑」が区別されていなかったのでしょう?

ところで、皆さんは虹の色数を問われたら、何色と答えますか?
たいていの人は「7色」と答えますよね。

「虹」の色数は波長が長い順で「赤」→「橙」→「黄」→「緑」→「青」→「藍」→「紫」の7つの「色み(色相)」で認識されており、それは「光のスペクトル」とも言われる、というお話を「色(1)」でしました。

でも、他の国では「虹は7色」とは限らないってこと、ご存知でしたか?
例えば、ドイツでは「藍」と「紫」は「青」に含めて「5色」なのだそうです。
アメリカでは「紫」は「青」と分けられていますが、「藍」は「青」に含み「6色」とされています。
また、ロシアなどでは虹の色数は、国として定まった認識はないのだとか。
最大数の例としては、アフリカのアル部族が「黄」と「緑」の間に「黄緑」が加わり、「虹は8色」と認識しているそうです。
反対に一番少ない国だとなんとたったの「2色」なのだそう!
南アジアのバイガ族は、「赤」や「黄」など明るい暖色系の色を「赤」、「青」や「紫」など暗い寒色系の色を「黒」とザックリ分けているようです。

「虹が7色」というのは、実はあの「万有引力の法則」を発見したニュートンが定めた考え方なのだそう。
ニュートンが発表するまで虹は「赤」「緑」「青」の「3色」、もしくはその3色に「黄」と「紫」を加えた「5色」と考えられていました。
ニュートンは、5色の「青」と「紫」の間、「赤」と「黄」の間に、それぞれの中間色の「藍」と「橙」を入れて、虹は「7色」としたのです。

しかし、実際のニュートンがはっきりと「7色」に分かれる虹を見たわけではありません。太陽の光をプリズムでスペクトルに分けても、色の境目はあいまいで、各色がにじむように帯状につながっています。見方によっては、「黄」と「緑」の間に「黄緑」があるなど、7色よりも多くの色が見えます。
つまり同じ虹を見ていても、それを「いくつの色(のカテゴリー)と認識するのか」で、応える色数に相違があるのです。

そのように考えると、「緑」も「青」と呼んだ昔の日本人は、「青」と「緑」を見分けられなかったわけではなく、認識する色カテゴリー幅が現代よりも大きかったため、「青」も「緑」も総じて「青」と呼ばれていたのだと言えます。

また、日本人が「水色」を「青」とは分けて認識するようになったのは、ここ30年のことなんだそう。
ある実験で、日本人に330色の色票を「色カテゴリー」に仕分けてもらったところ、ほとんどの人が19色に分けたそうです。
子どもの頃持っていた色鉛筆の色数が、小学生低学年くらいだと12色、少し大きくなると24色くらいでしたでしょうか。多くの人が「19色に分けた」という結果は、その辺の環境も影響しているのではないかと思います。
そして、98%の人が「水色」を「青」とは別の色として区別しましたが、30年前の同様の実験では、77%の人が「水色」を「青」に含めていたそうです。
今では「水色」は10色くらいの色鉛筆セットには標準的に入ってきますから、一般的に「青」とは別個の「ひとつの色カテゴリー」として認識されているのだと思われます。

色の認識は、時代が経るほど細分化されているようですね。
ちなみに、最近の色鉛筆にはなんと500色のものもあるとか!

「古事記」や「日本書記」に「黒」「白」「赤」「青」の4色しか記述がなかったとしても、実際にその当時の人たちの目に4色しか見えなかったわけでも、4色しかない世界だったわけでもなく、世の中にある色を4つの色カテゴリーで集約していただけと言えます。
先の虹を「赤」と「黒」の「2色」ととらえるバイガ族も、決して赤黒の世界に住んでいるのではなく、見える色を2つの色カテゴリーに集約して認識しているに過ぎません。

このように、人間はその文明、文化によって、色カテゴリーの分け方が異なるため、同じ虹を見てもその色数が様々なのです。

しかし、一見バラバラに思える色認識にも、多くの文明において共通の法則性が見出されています。

まず明暗を表す「白」「黒」が言語に登場します。
その次に現れるのは「赤」だそうです。「赤」の語源は、多くの文明で「血」を意味しているのだとか。また、「太陽」や「火」なども含めて、「赤」は原始的に「生命」のイメージと密接に結びついた色でもありますね。
その次に「黄」「緑」が現れ、最後に現れるのが「青」なのだそうです。

また、この「白」「黒」「赤」などの色カテゴリーの中心として選ぶ色は、皆ほぼ同じだそう。つまり「赤」のカテゴリーの中心色は皆「赤」で、「ピンク」でも「橙」でもないそうです。それはカテゴリーが「2色」と少ない民族でも当てはまるのだとか。

「青」がもっとも遅く現れる理由として、自然界に純粋な「青」は少ないから、という説があります。私たち現代人にとって「青」は、日常生活の中で普通に目にする色ですが、あらためて周辺に目をやると、自然界の中には「青」のものはあまりないように思います。「空」や「海」が「青い」というのは、先のその概念を学んだから「青い」と思っているのであって、その概念がないと実は緑がかっていたり、白っぽかったりして、色見本の「青」のような色ではありません。

また「色(3)」にあるように、美しい「青」の顔料は、当時は貴重で入手困難だったため、一般人はあまり見る機会のない色だったでしょう。

古代の西洋文明で唯一「青」を表す言葉を持ち、青い顔料や染料を活用する高度な技術を有していたのは、前回お話ししたように、古代エジプト人でした。この古代エジプト人の「青」が他の文明に伝播したことによって、徐々に「青」という色が西洋文明に認識されるようになったのではないかと考察されているそうです。

個人的には、「色(3)」でお話しした「古代西洋社会では青はもともと死や闇の色だった」ということから、「黒」のカテゴリーとして認識されていたように思います。夜空や夜の海なども真っ黒、というより青から黒へのグラデーションのように見えますものね。

ホメーロスの「オデュッセイア」の文中に出てくる色は、多い順に「黒」「白」「赤」「黄」とこの法則に沿っており、最後の「青」が落ちてしまったのは、このような理由からではないかと推測されます。

一方、日本に「青」の概念が古くからあったのは、やはり海に囲まれ、山も多く水資源も豊かで、藍のような発色の良い染料があったからでしょうか。

でも、「古事記」や「日本書記」に登場した色は、「黒」「白」「赤」「青」の4色で、「黄」「緑」がありませんでしたよね。
「緑」は「青」に含まれていることはわかりましたが、「黄」はなぜ認識されなかったのでしょう?

色(2)」でご紹介したように、東洋の古い時代において「黄」は西洋の「青」と同様、発色の良い顔料や染料がなかったため暗い色でした。どちらかというと「茶」に近かったため「赤」のカテゴリーに入れられていたのではないかと思います。その後「絶対禁色」となって天皇や皇帝のみが着用した「黄」も、「茶」に近い色でしたよね。
また、中世以降も東洋の「黄」は、西洋の「青」と同様「高貴な色」として、あまり一般的に認識される色ではありませんでした。

このように「色」の認識は、目から見える視覚的機能だけではなく、その文明、文化の環境や言語が大きく関わっていることがわかりました。
多様な文明、文化での色のお話、面白いですよね。
次回は「色名」と脳の色認識について、もう少しお話ししたいと思います。
お楽しみに。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

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