ファッション豆知識

色(4)

前回は白と青について、その評価の歴史をたどりました。

特に「高貴な色」として憧れの色であった「ウルトラマリン・ブルー」は、色の美しさのみならず、原料のラピスラズリの稀少性もあいまって、絵画における神々や王族を描く際にのみ使われた顔料です。

「ウルトラマリン・ブルー」の原料となるラピスラズリについては、「化粧(1)」でも、古代エジプト人がアイシャドーにラピスラズリなど鉱石の顔料を使っていたというお話をしましたね。

古代エジプト文明は、「王の権威」を高めるために特に色を多用した文明といえるでしょう。当時の豊富な財力で、ラピスラズリや「色(1)」でお話しした貝紫など貴重な材料が海外から集められており、一説によるとクレオパトラが所有する帆船の帆の色は、エジプトの権威を示すために貝紫で染め上げられていたとか。

特に古代エジプト人が「青」を重用したのは、「生命」を象徴する特別な色だったからです。
エジプト神話における原初の神「ヌン(Nun)」は「原初の水」と呼ばれ、あらゆる存在の起源とされています。「水」=「ナイル川」は「生命」の象徴であり、水の色である「明るい青」は「生命」の色として重要視されていたのです。
また、「深く濃い青」は「夜空」を象徴し、死を司る「冥界」のしるしでもありました。

しかし、エジプトには「ウルトラマリン・ブルー」の原料となるラピスラズリやターコイズなど天然鉱石の鉱脈が無かったため、海外から高価で輸入するしかありませんでした。そこで、古代エジプト人は自分たちの手でこの鮮やかな青を創り出すことになったのです。
それが「エジプシャン・ブルー(エジピティック・ブルー、エジプト青)」といわれる人工顔料で、石英、カルシウム、アルカリ(植物灰、ナトロン)、炭酸塩と銅を混ぜて高温焼成することによって合成されたキュプロリバ鉱(カルシウム銅珪酸塩)を粉砕して作られる顔料です。
なんと紀元前3000年頃の第1王朝から利用されていたことが現在確認されており、人類が創り出した「最古の人工顔料」といわれています。

この人工顔料は粉末で、鉱石に比べて手軽に利用できたため、神殿や王墓の壁画、また家具や彫像、ビーズなどの装飾品などに盛んに使用されるようになりました。特に第4王朝(紀元前2575-2467年頃)以降広く普及するようになり、あのツタンカーメンの黄金のマスクにも、この「エジプシャン・ブルー」の彩色が施されています。
古代エジプト王朝にとって「エジプシャン・ブルー」は、初期から末期まで通して、神々や王族の姿を彩る重要な青色顔料であったのです。

この「エジプシャン・ブルー」は、焼成温度と混合物中の銅とアルカリの割合を変えることで、青色から緑色まで色調を変えることが出来たようです。
また、古代エジプトでは、他にも「化粧(1)」でお話しした「鉛白」やアンチモン由来の黄色顔料、コバルト顔料など、様々な人工顔料の製造、輸出が盛んに行われており、その高い技術力は16世紀ヨーロッパと比較しても遜色はなかったともいわれています。

その後この美しい青は、エジプトから古代ギリシア・ローマ帝国に広まり、エジプトの都市の名をとって「アレキサンドリア・ブルー」とも呼ばれました。
古代ローマの博物学者プリニウス(Plinius)が著した「博物誌」にも、ラテン語で「青」を意味する「カエルレウム(caeruleum)」の呼称で紹介されており、その製法まで書かれてあったそうです。
「エジプシャン・ブルー」という呼び名は、19世紀に入った頃から使われた色名のようですが、そもそも古代エジプト語では「テェヘネト(tshehenet)」と呼ばれていました。また、その美しさと高貴さからか、あの高名なエジプト女王の名である「クレオパトラ」の名でも呼ばれ、現在でも色名として使われています。

この顔料は、耐久性に非常に優れていたため、なんと3000年近く経っても、同じ化学組成のままで発見されているのだそう。
古代エジプト文明の影響を大きく受けた古代ギリシア文明も、実は白ではなくエジプトのように極彩色あふれる文明だったというお話を前回しましたが、例えば有名な「トロイヘッド」の瞳に使われていた青は、古代エジプトの壁画に使われている青と同じものでした。
また、ポンペイやローマ、そしてメソポタミアの壁画などからも「エジプシャン・ブルー」と同じ組成を持つ青色顔料が検出されているそうです。

東洋でも、結晶学的には「エジプシャン・ブルー」と同形の「ハン・ブルー」という顔料が中国に登場しました。
「ハン・ブルー」は、周代(紀元前1046年頃~紀元前256年)に盛んに使われた顔料で、秦の始皇帝陵を代表とする多くの「兵馬俑(へいばよう)」は、今では色がくすんでしまっていますが、製作時は鮮やかな「ハン・ブルー」に彩色されていたそうです。

西洋、東洋ともに、それぞれの代表的古代文明において、こうした鮮やかな青の顔料が開発されたことからも、青がいかに貴人たちから求められたかがうかがわれますね。

けれど、古代文明で重用されてきたこの美しい「エジプシャン・ブルー」は、ローマ帝国時代後は使われなくなりました。
しかも、古代エジプトの人びとは、この素晴らしい顔料の製造レシピを記録に残さなかったので、その製造技術もわからなくなってしまいました。
19世紀になってからこの顔料の製造の再挑戦がされ始め、1815年にイギリスの化学者ハンフリー・デービー(Humphry Davy)が成功し、「エジプシャン・ブルー」は再びこの世に息を吹き返したのです。

再び「エジプシャン・ブルー」が世の中に登場すると、この顔料に関する様々な研究が進みました。

2009年に、「エジプシャン・ブルー」に可視光線を当てると、「赤外線」を放射することが発見されました。この発見によって、古代の美術作品に傷みがあっても、化学組成を検出することで分析できるようになりました。
また赤外線は、可視光線や紫外線といった別の波長の光よりも体内を透過しやすい特徴を持っているので、染料として体内に取り込むことで、新たな医療用画像技術につながっているのだそう。
その他、偽造を防ぐ安全インキとして使われたり、指紋検出用の試薬の粉末に用いると、反射やパターンを読み取り、通常ではわかりにくい指紋も発見できるのだとか。

考古学や美術史学の範囲にとどまらず、現代の医学や犯罪科学にも役立っているなんて、驚きですね。

さらにこの最古の人工顔料は、数千年の時を経て、現代社会の新しい課題であり最大の課題、「地球温暖化」対策にも大いに役に立つ可能性がある、という興味深い研究が数年前に発表されました。

「エジプシャン・ブルー」の放つ「近赤外線」が、発電に利用できるかもしれないというのです。この青で染めた窓の縁に太陽電池パネルを設置すれば、窓で反射された大量の近赤外線のエネルギーを電気に変えられる可能性があるのだとか。
また、アメリカのローレンス・バークレー国立研究所の研究によると、「エジプシャン・ブルー」から発せられる「蛍光」が、従来考えられていたより10倍も強いことが判明したことにより、この色素の入った塗料を屋上や外壁面に塗ることで、熱い日光をはじき返し、夏でも熱くなりにくい「省エネ建物」になり得るのだそうです。
これまで建物を涼しく保つためによく使われてきたのは、日光を反射する「白」ですが、これからは見た目が涼しいだけでなく、実際に建物を涼しく保ち、しかもエネルギーを生み出す「エジプシャン・ブルーの青い家」が増えるかもしれませんね。

特に顔料の成分による省エネ効果など実用性がなくとも、カラフルな家に住むのは、楽しそう!
以前、ストライプの家が並ぶ街があることをご紹介しましたが、世界にはすでにカラフルな街がたくさんあるそうです。

イタリアの「チンクエ・テッレ(Cinque Terre)」と呼ばれる海岸沿いの5つの村を指すエリアは、険しい海岸に色とりどりの家屋が並ぶ文化的景観によって有名で、ユネスコの世界遺産に登録されています。

また、カラフル・スポットが多いのは、シンガポールです。
カトン地区にあるジョー・チアット・ロード(Joo Chiat Road)周辺やエメラルドヒル(Emerald Hill)には、伝統的な「プラナカン様式」と呼ばれるカラフルな建築物が並び、ちょっとおとぎ話の世界のよう。
「プラナカン」とは、15世紀末からマレーシアやシンガポールにやってきた中国系移民の子孫のことで、オランダやイギリスの文化と中国の文化をミックスさせた文化を持ち、その特徴は色鮮やかな装飾だそうです。
その他リトル・インディア(インド人街)なども、カラフルな建物が並んでいて、写真を眺めているだけでもワクワクします。
シンガポールは比較的近い国なので、いつか訪れてみたいと思います。

色のお話、まだまだ続きます。もう少しだけおつきあいくださいね。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

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