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ファッション豆知識

色(2)

春本番を迎えると、外の世界は本当に色に満ち溢れていますね。

辺り一面の菜の花の黄色や桜のピンク、ネモフィラの青のように「同系色」が広がると、その美しさに心躍りつつ、どこかずっと見ていたくなる穏やかなあたたかさも感じます。
反対に、青葉に囲まれる赤いポピーは目立つだけでなく、どこか心をざわつかせます。青葉の緑と赤は「補色」関係にあるからですね。

少しおさらいしておきましょう。
前回、色には「あたたかさ」や「冷たさ」、「激しさ」や「穏やかさ」などといった心理的、生理的な作用や何かを連想させるような効果があることをお話しました。
そしてその心理的効果は色単体だけではなく、組み合わせによっても引き起こされるため、デザイナーなどデザインをする人はその効果を活用して、デザインにおける「目的」を実現しているのでした。

そのためデザイナーは、色の持つ心理的効果や科学的知識を学ぶ必要がありますが、そういった体系的な知識を「色彩学」「色彩理論」などとも言います。

「色彩」は「色」をもう少し科学的に言った言葉ですが、意味はほとんど同じです。
色彩は光の刺激による視覚系の感覚で、物体の表面がある特定の波長の光を反射することによる「物体色」と、光源から発する一定の波長の光による「光源色」とに大別されます。
今回お話ししているデザインの現場で使われる色は、おもに「色相」「彩度」「明度」の「三属性」で表される「物体色」と言われるものです。
そしてその物体色は「色相」を持つ「有彩色」と持たない「無彩色」に分かれていました。

しきさい色彩

色のこと。英語のカラー(color)、フランス語のクルール(couleur)にあたる。学問的には目の網膜中の錐体(すいたい)が光に刺激されて感じる色の知覚のことで、視覚の一種と考えられる。色は物を見わけるための基本的な感覚で、心理的、生理的な作用、効果をももつものである。 感覚的には物体にはそれぞれ固有の色があると考えられるが、これは物体がその物体に特有の波長の光のみを吸収し、吸収されなかった光が反射されるために色があるように見えるためである。物体の色は無彩色と有彩色に大別される。前者には色味をもたない白、灰、黒などがふくまれ、後者には無彩色以外の色味をもつすべての色がふくまれる。色には基本的性質として明度、彩度、色相の3種の性質がある。明度は色の明るさの度合い、彩度は色のあざやかさの度合い、色相はある色を他の色と区別するための色合い、色味のことでこれらを色の三属性という。また無彩色には明度が考えられるのみで、色相、彩度はない。色を明度、彩度、色相に応じて分類整理し、空間に立体として配置して、そのしめる場所によって色が表示できるようにしたものを色立体(カラーソリッド)という。色彩を表示するためには、一般には色名および表色系が用いられる。色名には赤、青、橙(だいだい)、明るい緑などのように色自体の名称を用いる分類色名と、小豆(あずき)色、栗(くり)色などのように動植物、染料などの名称をとった慣用色名(固有色名ともいう)とがあるが、色を正確に表示しなければならない場合(たとえば工業デザインなど)には、科学的に色を分類した表色系が用いられる。現在多く用いられる表色系としては、オストワルトの表色系、マンセル表色系、 CLE方式、日本色彩研究所方式などがあり、最も多く使われているのはマンセル系である。また前述の色名による表色はあまり正確ではないが、手軽であるため、一般によく用いられ、JISできめられた一般色名と慣用色名がある。色彩は心理的、生理的作用、効果、連想などをともなうもので、古来さまざまな習慣やシンボルと結びつけて考えられてきた。服飾的には、飛鳥(あすか)時代の冠位十二階にみられる位を示す冠の色や、平安時代の禁色(きんじき)、すなわち位階によって服の色が定められ、とくに天皇、皇后などの高貴な人の服色はほかでこれを用いることを禁止したことなどに、色が権力や特権意識と結びつけられた例をみることができる。

解説:「新・田中千代服飾事典」より

色の心理的作用や効果は、古来様々な習慣や象徴と結びつけて考えられてきました。

特に権力を象徴するものに特定の色を定める例は、世界中で見られます。
西洋でも東洋でも、今でも各文化圏で「高貴な色」とされている例が多いのは、「紫」です。

古代ヨーロッパにおいて紫色の染料は、おもに地中海東岸の巻貝から採取される「貝紫(かいむらさき)」で、この辺一帯に住むフェニキア人が特産としていました。
「貝紫」は巻貝の内臓(パープル腺)の分泌物で、赤みがかった紫に発色するのですが、ひとつの巻貝からはほんの微量しか採れないため、貴重な染料でした。特権階級のものとして特別扱いになるのは、だいたいがその材料が希少であることが多いようです。「化粧(1)」も顔料となる材料が希少だったことから、昔は特権階級だけのものでしたね。
貝紫で染められた布などは高価で取引されるので乱獲され、乱獲による個体数の減少でより希少性が高まりました。
しかし、手間暇かけて美しく染められた貝紫の染色布は歴代の権力者を魅了し、重用されたので、英語では「royal purple(=帝王紫)」などとも呼ばれています。

「紫」が特権階級の色として重用される傾向は、このフェニキアを含む地中海世界全体を征服したローマ帝国においても踏襲されました。
古代ローマより貴重な貝紫色の衣服を着用できるのは、皇帝や貴族といった高貴な身分に属する人びとに限られていましたが、その後のヨーロッパの諸国家においても「紫」は、高貴な血筋をひく皇帝や王を象徴する「最も高貴な色」として位置づけられました。

一方、東洋の「紫」は、「紫草(むらさきそう)」と呼ばれる草の根である「紫根(しこん)」から採取しました。「紫草」は一般的には「ムラサキ(草)」とも書かれ、その花は紫ではなく白い小さな花で、根に鮮やかな赤みの紫の色素があります。
染料としてのみならず、その効能から生薬や化粧品にも使われています。(染料に使用されるのは軟紫根、生薬で使用されるものは硬紫根)

紫根を使った染物は、遣隋使によって中国(隋)から日本に伝えられました。日本でのムラサキの栽培は奈良時代に始まりましたが、ヨーロッパの貝紫と同じくその希少性から、「紫」は天皇や貴族にしか許されない「高貴な色」とされ、厳しく管理されました。
聖徳太子が「冠位十二階」を制定し、冠や衣の色を位によって定めた際に、「濃紫」(こき)」と呼ばれる濃く深い紫を最高位の色としましたが(「薄紫(うすき)」はその少し下位)、平安時代にはこの「冠位十二階」から発展した位階別の色を「禁色(きんじき)」と呼び、特権階級以外の着用を禁じました。
江戸時代になっても紫根染の布の着用は、一般庶民には許されないものだったそうです。
希少性だけではなく、その高貴さ、気品、優雅さで尊ばれていた「紫」は、ますます憧れの色となったのです。
そして現在日本では、ムラサキは絶滅危惧種に指定され、「幻の薬草」とも言われているそうです。

中国において「紫」が尊ばれたのは、道教思想です。道教における至高神は、北極星が神格化されたとされる「北極紫微大帝(ほっきょくしびたいてい)」といって「紫」の文字が使われているように、「紫」をより「高貴な色」として尊重する色彩観があったようです。

しかし、中国では古代より歴代王朝が尊んだのは「黄」でした。

映画「ラスト・エンペラー」の中で、中国(清王朝)最後の皇帝である愛新覚羅溥儀(あいしんかくらふぎ)が、弟の溥傑(ふけつ)が黄色い衣服を着ていたのを見て、「この黄色の服を着られるのは私だけだ!」と叫んで兄弟喧嘩になる幼い頃のシーンがありました。中国で「黄」は、「皇帝の衣の色」と定められていたからです。

中国の古代から受け継がれる思想の「陰陽五行説」は、万物は「木」「火」「土」「金」「水」という5つの元素から成り、その5元素は互いに影響を与え合い、その相互作用によって天地万物が変化し循環する、という考え方ですが、その5元素にはそれぞれに定められた方角や季節などがあり、色も定められた5つの正色があります。「木」は「青(緑)」、「火」は「赤」、「金」は「白(金、銀)」、「水」は「黒(青)」、そしてその中心的な元素の「土」は「黄」となっており、「黄」はその序列において最高位に位置づけられていました。

儀式などに用いる上衣を「袍(ほう)」と呼びますが、黄色の上衣は「黄袍(こうほう)」と呼ばれ、皇帝専用の正式な常服として定められていました。

古代王朝の習わしを尊重した儒教における冠服制度では、皇帝の衣服は「天地を表す色」とされ、「天」は「玄(赤黒)」、「地」は「黄」ということで、赤黒い衣(上衣)と黄色の裳(下衣)とされました。

このように中国においては、一時期道教の影響が強まって「紫」を重んじた皇帝もいましたが、先述の「ラスト・エンペラー」のシーンのように中国最後の王朝である清に至るまで、おおかたの王朝では「黄」が皇帝を象徴する「最も高貴な色」として重視される傾向が踏襲されました。
思い起こせば、中国文明の発祥の地を流れる大河は「黄河」であり、大地には「黄砂」が舞い、「太陽」や「黄金」を連想させる「黄」は、中国の人びとにとって太古から特別な色だったのかもしれませんね。

この風習は日本にも伝わり、平安時代以降の日本の天皇は、重要な儀式の際に「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」と呼ばれる褐色がかった黄色(茶色に近い)の束帯装束を着用するようになりました。一昨年の「即位の礼」の際に、今上天皇がお召しになったのがそれです。(「コスチューム」の回でもお話ししましたね)
また、皇嗣(こうし)である秋篠宮文仁親王が、昨年の「立皇嗣(りっこうし)の礼」でお召しになったのは、皇太子もしくは皇嗣が儀式の際に着用する「黄丹袍(おうにのほう)」で、黄櫨染より少し明るめの黄色(橙色に近い)の装束でした。
先に「紫」が高い位の色で「禁色(きんじき)」の最高位であったと書きましたが、この天皇の袍の色「黄櫨染」と皇太子の袍の色「黄丹」は「絶対禁色」と呼ばれ、天皇、皇太子以外は何者の着用も絶対に許されない色でした。

一方、ヨーロッパのキリスト教社会においては、「黄」は「異端の色」、「蔑みの色」として忌み嫌われていました。旧約聖書の中にも、肌や髪が黄色くなった病人を隔離する記述があります。
また、キリストを裏切ったユダが絵画に描かれる際に、黄色の衣服であるということも、根強い負のイメージとしてあるのでしょう。(実際ユダが黄色の服を着ていたかどうかは定かではないそうです)
特に中世では、「乞食、売春婦、道化師の衣服の色」とも言われ、16世紀のスペインでは囚人服の色に使われたり、フランスでは犯罪者の家の壁を黄色く塗って忌避したと伝えられています。
第二次世界大戦中、ナチスがユダヤ人に着用を強制した「黄色いダビデの星」は忌まわしい史実として記憶されています。
また、英語の「yellow dog 」は「下等な、卑しむべき、野良犬のような」といった意味があります。

「黄」から負のイメージが取り除かれたのは、18世紀後半から次々と新しい顔料が発見され、鮮やかな黄色が登場してからと言われています。

こうした色の扱いを見ることで、西洋世界と東洋世界における色彩観の違いがわかって面白いものです。
様々な文化における「色」のお話、まだまだ続きますので、もう少しお付き合いくださいね。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

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