ファッション豆知識

えり<襟・衿・領>(8)

さて、今回はいよいよ「立ち襟」の名残のボタンホールの謎に迫ります!

この名残のボタンホールは、なぜボタンは無くなったにも関わらず残っているのでしょうか。また、なぜボタンも通らないような小さな3mmほどの穴が開いているのでしょうか。
どうやらこの中途半端に開いた3mmほどの穴が、謎を解くカギのようです。

この謎のボタンホールの場所にあるものといえば・・・
社章や社会的役職を示す「議員記章(いわゆる「議員バッジ」)」や「弁護士記章(いわゆる「弁護士バッジ」)」などのピンバッジ(ピンズ)を思い出した人も多いかと思います。
そして、このピンバッジが抜け落ちない程度の穴が3mmほどなのだそう。
つまりこのボタンホールの中途半端な穴は、バッジをつけるためのもののようです。
実は私、この謎のボタンホールはバッジをつける位置の目印で、バッジをつけたり外したりしても生地が傷まないようにボタンホール・ステッチが施されているのだと思っていましたが、まさか「立ち襟」の第一ボタンの名残だとは知りませんでした。

最近はコストカットのためか、特にカジュアルなジャケットでは穴もふさがったままで、単にデザインとしてステッチだけされているものをよく見かけますが、穴がふさがったものでも、ボタンホールのステッチの合間を丁寧に3mmほど切り込みを入れると、バッジがつけやすくなります。

このバッジはつける場所によっても名称が異なり、このラペル(下襟)につけるものを「ラペル・ピン」、その他「立ち襟」やこの「開き襟」のカラー(上襟)につけるものは「カラー・バッジ」と呼んでいます。

ラペル・ピンは主に3種類あります。
先ほど出てきた社章や議員記章や弁護士記章などは「ピンズ・ブローチタイプ」で、短い針をボタンホールにさして留めるタイプのものです。種類が豊富にあるので、コーディネートに合わせて選ぶことができ、コレクターもいるほど人気があります。
メインの飾り部分に長い針のついた「スティックタイプ」は、このボタンホールから針を通し、針先を生地の表側に出して留めるタイプで、さす角度を変えると印象も変わります。
「スティックタイプ」にチェーンが付いたものは「チェーンタイプ」と呼ばれています。「ピンズ・ブローチタイプ」がチェーンで繋がっているデザインのものもあります。胸もとが華やかな印象になるので、結婚式やパーティーでよく見られます。

結婚式、というと、新郎の胸もとにはだいたい花が挿されていると思います。
「立ち襟」の名残のボタンホールは、「フラワーホール」「ブートニエール」とも呼ばれます。「ブートニエール」はフランス語で「ボタンホールに挿す花」という意味だそうで、このボタンホールにはもともと花が挿されていたのです。
今ではポケットに花を挿したり、ブローチタイプのコサージュを襟の好きな場所につけたりしていますが、昔は生花をこの「フラワーホール」につけていました。
ラペルの裏を見ると、この「フラワーホール」の下に糸がついていることがありますが、これは「フラワーループ(チーループ)」といい、花の茎を留めるためにつけられたものです。これがあるジャケットは、仕立てが良い、と言えるでしょう。

新婦のブーケに対して新郎が身に着ける花束を「ブートニア」と呼びますが、これはこの「ブートニエール」のことです。
16世紀頃のヨーロッパにおいて、ブーケやブートニアはしばしばハーブで作られ、不運や悪霊、悪臭を遠ざけ、病気から身を守るとされてきました。悪霊や病気から守る、という役目は、現代のブーケやブートニアにも受け継がれているようです。

このボタンホールに花を挿すようになった起源については諸説ありますが、中世ヨーロッパで男性が女性にプロポーズする際、花束を女性に渡し、女性が結婚を承諾する場合、その花束から花を一本抜いて男性の胸のボタンホールへ挿し返したという説があります。現在の結婚式で、新郎がフラワーホールに花を挿しているのは、この習わしから来ているとも言われています。

また、19世紀のイギリスで、当時の皇太子エドワード8世がフラワーホールに花を挿したことが始まりという説もありますが、実際はすでにこの頃、オシャレな男性の間で、フラワーホールに花を挿す嗜みが流行っていたようです。
19世紀末文学の旗手オスカー・ワイルドは、個性的なファッションや名言で有名ですが、「私はブートニエールを襟に飾ってからでないと、食欲が湧いてこない」という言葉も残したとか。

今では結婚式やフォーマルな儀式やパーティーなどでしか、このブートニエールを挿した男性を見られなくなりましたが、優雅さ、そして洗練の象徴として、普段でも少しオシャレ度をあげたい時の胸もとに、花を飾ってはいかがでしょう。

ラペルの花に関して、もうひとつご紹介したい例があります。

イギリスでは毎年10月末から11月11日に向けて、赤い花のラペル・ピンをつけている人の姿を多く見かけるようになります。テレビのアナウンサーの背広の襟部分にも見られるので、日本でもこの慣習を知っている人もいるかもしれません。最近ではラペル・ピンだけでなく、バスや建物の壁も赤い花模様で埋め尽くされるそうです。
これは第1次世界大戦の休戦協定が締結された1918年11月11日(リメンバランス・デー)を記念して戦没者を追悼するもので、激戦地となったフランスの大地に揺れる「赤いヒナゲシの花(ポピー)」をかたどっているのだそうです。そのためこの赤い花は「リメンバランス・ポピー」と呼ばれています。

この「リメンバランス・ポピー」は、現役および退役軍人やその家族、戦没者の遺族などを支援する「ロイヤル・ブリティッシュ・リージョン」という慈善団体による募金活動のひとつ(ポピー・アピール)となっていて、この販売を通じて得た収益金が英軍関係者への支援に使われる仕組みになっています。

19世紀のナポレオン戦争や第一次大戦で激戦地となったフランス北部やフランダース地方では、多くの兵士の血が流された後、赤いヒナゲシの花がその戦場となった大地を覆いつくすように咲いたそうで、イギリスの人びとの間では、この戦死者たちの赤い血のようなヒナゲシは、戦争の悲惨さを忘れさせない印象深い光景として強く意識されているそうです。
最近では「平和を願う」という意味で、「白いヒナゲシ」をつける人もいるそうです。

一方フランスでは、同じリメンバランス・デーに「ブルーエ・ド・フランス(Bleuet de France=フランスの矢車菊)」と呼ばれる「青い矢車菊」のラペル・ピンをつけるそうです。こちらが青なのは、フランスの軍服が青であること、また、戦地となり荒廃した土地でも力強く咲く矢車菊の生命力を表しているのだそう。
イギリスは赤、フランスは青、と色は分かれても、同じ背景とメッセージがあるのが興味深いですね。

以前「Tシャツ」のところで、メッセージ色の強いプリントが施されたTシャツが発信力を持つ、というお話をしました。
オシャレ度を上げるアクセサリーとしてだけでなく、ラペル・ピンで小さな襟もとから自分の主張を発信することもできます。

思いのほかネタが多かった襟のお話も、いよいよ次回が最終回です。次はどんな襟が出てくるでしょう。お楽しみに。

文/佐藤 かやの(フリーライター)

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